狩女のクローズ

鳥井まいまい

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第一章

5記  黒服の男

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ベニーはゆっくり、音が鳴った方を大木の陰から覗き込んだ。そこには全身黒いコートに包み、深くフードを被った者が居た。その者は、熊型のマ獣をまるで道具の様に扱っていた。


「よしよし・・・どうやら・・・ちゃんと私の言う事を聞いている様だな・・・」


(声色からして・・・男?・・・でも、横向いててよく見えないわね・・・あと少し)


ベニーは大木の影からしゃがんだ状態で覗き込み、腰につけていた直剣を静かに抜き取った。


(今なら、奇襲になる・・・か・・・)


奇襲を仕掛けようと立ち上がった。静かに一歩踏み出した。その時、足元にあった小枝を踏んで折ってしまい、静かな深林に小さな音が響き渡った。



  
       その頃、役所では・・・。


 

受付で書類整理をしていた、アーロイがもうすぐ勤務交代時間の為、受け継ぎ作業を行なっていた。


「よし、これで終わり・・・。あとは、リョーちゃんに任せて、帰る支度でもしますか・・・」


作業が終わった所に、出勤してきたリョーがやってきた。


「アーロイくん、お疲れ様~。変わるよ~ん」
「あ!リョーちゃん!おはようございます!昨日は飲み会の後、よく眠れました?」
「リョーせ・ん・ぱ・い!だろ!」
「へへっ・・・そ、そうっすね」
「頭痛いわよ・・・。それに夜勤って嫌よね、ほんと。まだ真っ暗な中なのに仕事しろって、ブラックかよってさ!それに、その飲み会じゃ帰りたくても帰らせてもらえないし、所長は腹踊りを始めるし、まぁ飲み代とか全部持ってくれたのは良かったよ?でもね・・・」


この勤務交代の時にリョーと喋るのがアーロイの楽しみの一つである。




          ミコは・・・。




「つ・・・着いた・・・はぁはぁ」


全力疾走できたミコは役所に着くなり勢いよく正面玄関を押して入った。


「それでね、私が歌うことになってさ・・・っ!?」
「あの!すみません!た・・・たすけて・・・助けてください!」


息を切らしながらやってきたミコにリョーは驚いた。アーロイは冷静だった。ミコの慌ただしさ、狩に出かけたはずなのに軽くなっている装備。一目見ただけで、何かあった事を悟った。ミコは召使の試験を合格した後、役所に合格通知を出した時にアーロイとリョーに出会っている。ミコのひょうきんな性格なためか、二人とはすぐ打ち解けて仲良くなっていた。そんなミコの様子を見て何かあったのだと気づき、駆け寄った。


「どうしたんだい?ミコちゃん・・・先輩!水持ってきてください!」
「う、うん!」


リョーは奥の休憩所に、水を取りに行った。アーロイはミコを落ち着かせる為、近くにあった客人用の椅子に座らせた。


「・・・何があったのか教えてもらっても良いかい?ミコちゃん・・・」
「マ獣が・・・マ獣がこの街の近くに!!」
「っ!?」


リョーはミコに水を飲ませ、落ち着かせた後。アーロイと一緒に最後まで話を聞いた。


「そう言うことだったのか・・・ベニーさんが一人で・・・これはまずいことになったな・・・先輩!」
「うん!」
「今すぐ、集合できるの狩人の人数のリストを作ってください。僕は近くの村や集落に伝令を送ります。」
「わかった!頼むよ!」
「はい!」


取り掛かる仕事は早かった。二人の連携のおかげで夜明けになる前には人を集められることがわかった。

        


         ベニーは・・・。




「・・・・・・」


小枝を踏んでしまい、音が響いた時。マ獣が反応し、男がその様子で気づいた。男はマ獣に命令し、その場を去った。


「・・・やれ」


マ獣は音が鳴った方へ、ゆっくりと近づいて行く。ベニーは息を殺して大木の影に隠れた。


(しまった・・・やっぱり、ひとりじゃ・・・・・・奇襲が決まらないなら・・・・・・)


ベニーは目を瞑り剣を強く握り祈りを捧げる。


「・・・森の神よ・・・荒らしてしまう事をお許しください・・・森の神よ、愚かな私に幸運を授けたまえ」


マ獣が咆哮し、正面から戦う覚悟を決めた。祈りは必ずしも伝わる訳ではない。命あっての物種。けして無謀な戦いをする訳ではない。このまま逃げ続けてもいずれ捕まるのなら。生き残る為の戦いをするしかない。ベニーは大木から身を乗り出した。マ獣の前に立ち、剣を構える。


「・・・私は、必ず生き残る」




         ミコ達は・・・。




アーロイとリョーの伝達のおかげで狩人は確保できた。しかし、もともと狩人の数は少なく、王都から来た二人しか集まらなかった。だが、二人には左胸につけられた銀の勲章が付けられている事から、アーロイとリョーにとっては信頼できる人達である。狩人の二人はミコのそばまで行った。


「お待たせ、嬢ちゃん!悪いな、俺たち二人しかいなくてよ・・・俺はエージス、隣はヴィルトスだ」
「ああ、よろしくな。ヴィルと呼んでくれ。俺らが来たからには安心してくれ、蛮族なら狩ったことがあるからよ。任せときな」


狩人の二人はすぐに出発しようとミコの元を離れ玄関に手をかけた。


「ま・・・待ってください!」


不安な顔をしながらミコは二人を呼び止めた。自分では分かっている、今着いて行っても足手纏いにしかならないことくらい。でも、ベニーを一人で行かせてしまった事、自分だけ助けてもらってしまった事がミコの中で贖罪として残っていた。


「あーちも・・・あーちも行かせてください!」


二人は困った顔をして見合わせた。


「いいかい?・・・これは、決して君が思っている程、楽な狩りじゃない」
「そうだ、相手はマ獣だ。何を考えて行動してくるか分からん。嬢ちゃん、無理だと思ったらその時点で言ってくれ、分かったね」

二人の言葉が、心身共に重くのしかかった。だが、自分だけここにいる訳にもいかない。ミコは覚悟を決める。


「・・・はい!よろしく・・・お願いします!」
 

狩人の二人は目的地を知る為、アーロイに問いただした。


「時間がない・・・んで、ベニーって奴は何処に向かったんだ?」
「・・・いえ、こことは反対の方向に行ったとしか、まだ・・・」


狩人の二人は険しい顔つきになり、目を合わせた。ヴィルトゥスは背負ってるリュックを下ろし地図を取り出した。近くの机に地図を広げて、それを囲う様にアーロイ、エージス、ミコと並ぶ。ヴィルトスが自身の経験をもとに、想定される可能性を示した。


「恐らくだが・・・惹きつけて逃げるとしたら、身を潜めて助けを待つ方法を取るだろう。だとしたら・・・・・・多分だが・・・ここだ」


ヴィルトスがギートス平原の位置から指でなぞった先は、森羅の森という深林地帯。アーロイが森羅の森に強く反応し、拭いきれない表情をした。


「っな・・・よりによって、森羅の森・・・ですか」


アーロイが森羅の森に強く反応し、不穏な表情をした。その様子を見たジャックは聞いた。


「どうした、何かその森にいるのか?」
「いえ・・・話が長くなってしまいます。すみません、すぐに馬の用意をします」
「ああ、頼む」
「はい!」


アーロイが反応した理由、それはこの街にとってあの森は神聖なる場所だからだ。故意に近づいたり、森を荒らすような真似をすると森の神が禍をもたらすと言われている場所であり、中には信仰を持って深林の大木に祈りをする者までいる。だが、今はベニーが危機的状況にある為、アーロイは人命を優先した。


用意してくれた馬に乗り、アーロイは最低限の荷物を括りつける作業をしていた。三人はいつでも出立できる状態だった。エージスは後ろに乗っているミコに最後にもう一度だけ問いただした。


「嬢ちゃん、本当にいいんだな。ここからは引き返す事は出来ねぇ、命懸けだ」
「はい!ベニーさんを助けたいです!」


エージスはミコの覚悟の決まった顔を見て、連れていく事を決めた。


「わかった」


作業が終わったアーロイにエージスが出立の合図を送った。


「これより!エージス、ヴィルトス、ミコの三人によるベニー救出に向かう!」
「はい!お願いします!」
「うむ、行ってくる!嬢ちゃん!振り落とされるなよ!」


馬を勢いよく走らせ、彼らは森羅の森へと向かった。
 




      マ獣と交戦中のベニーは・・・





「・・・うっ!」


マ獣は大きな腕で勢いよくベニーを吹き飛ばした。ベニーは地面が土のおかげかクッションの様になり、うまく受け身を取りながら距離を離した。


「くっ・・・腕が・・・」


マ獣の攻撃は普通の獣の10倍はあるとされている。その攻撃を受け身を取ったからといっても、その威力は桁違いに強かった。幸い腕は折れておらず、攻撃を受ける際、後ろに下がりながら受けたためだろう。打撲程度で済んでいるが、蓄積された疲労と体への負担により、体力の限界は近い。


「私、だけじゃ・・・あ・・・苦しい・・・」


ベニーはもう一度、陽動に使った閃光弾を使おうとした。


「た・・・弾・・・・・・は・・・残り2発」


ホルスターにセットしていた弾薬を確認して負傷している腕で一つの弾を取り出す。


「あ・・・しまっ・・・・・・っ!」


弾を落としてしまい、拾おうとした時。マ獣が勢いよく突進し、ベニーを更に吹き飛ばした。


「あぐっ・・・・・・」
 

吹き飛ばされたベニーは転がり、意識を失いかけている。体の骨は何本か折れ、鼻から血を出し、目の前の見える景色さえ歪んでいた。


「・・・まだ・・・」


這いつくばった体を仰向けにし、最後の弾を装填する。


「たの・・・む・・・・・・気づい・・・て」


空に向かって撃った先行弾は天高く上がり、光り輝いた。
ベニーは最後の力を振り絞り、意識を失った。マ獣がベニーに向かって走り出した、トドメを刺そうとしたその時。


「させるかあああぁぁぁ!!!!」


駆けつけたエージスが大楯でマ獣の攻撃を力一杯パリィし、ヴィルトスが槌矛にマナを込めてマ獣の顎をつき、吹き飛ばした。


「ベニーさん!!!!」


ミコが駆け寄り、抱き寄せた。


「ベニーさん!!大丈夫ですか!!ベニーさん!!」
「・・・・・・ん・・・」
 

かろうじて意識を取り戻したベニーは朦朧とする中、ミコを見つけた。


「・・・・・・」


「ベニーさん!!よかった!・・・助けにきました!遅くなってすみません!もう大丈夫です!」


「・・・・・・よか・・・た」


意識を取り戻したマ獣が起き上がり、頭を振る。ヴィルトゥスが、ミコとベニーに指示を出す。


「よく耐えたな。後は俺たちが引き継ぐ。ミコ、今すぐ馬に乗ってこの森を抜けろ!時間を稼ぐ!」
「はい!」
「もうすぐ日が昇る、そしたら見晴らしは良くなるはずだ。俺たちの事は構うな、全力で逃げろ!」
「はい!・・・お願いします!」


ミコは傷ついたベニーを肩で支えながら歩き、馬に乗せる。


「行くぞエージス、久々に本気出そうぜ」
「ああ!!遅れんじゃねぇぜ!ヴィル!」


エージスとヴィルトスは大型のマ獣と交戦を始めた。暗い夜の深林に僅かな光が差し昇る。ベニーを乗せたミコは馬を走らせ街まで急いで深林を駆け抜けていった。

 


        そして現在・・・・・・




「そのあとは、無事・・・ベニーさんを診療所まで送って、無事に事なきを得たって感じ・・・っへへ。ごめん、長くなっちゃったね」


ミコの回想が終わり、アンナとウィタは身につまされる思いだった。


「そのベニーさんって人が無事に回復して本当によかったね、ミっち・・・」
「うん、あたしもそう思う・・・・・・それで、その狩人の二人はその後どうなったんだ?」


ウィタは疑問に思った事を口にした。ミコは少し貯めた後、口を開いた。


「・・・実は、あと少しって所で突然煙幕の様な物が出てきたらしくて。そのせいで、逃げられたって・・・でも、マ獣には致命的な傷を負わせることが出来たらしいって」
「逃げられた・・・黒いフードを被った奴かな」 
「うん、あーちもそう思う」


アンナは不安になりそうになったが、その気持ちを抑えた。ミコが申し訳なさそうな苦笑な表情を浮かべているのを見て、アンナは微笑み、事もなげにした。


「ミっちが無事でよかった・・・今はそれだけが嬉しいよ!」
「・・・!!」


アンナの無邪気そうな笑顔を見たミコは赤面した。ウィタはミコの赤面した顔を見ると少し微笑んだ。その後、気になる所を聞いた。マ獣に致命傷を与えたという事。致命傷と言っても、どの程度なのかがわからないでいた。その為、ウィタはマ獣の状態を知ろうとしていた。


「・・・ミコ」
「・・・ん?」
「教えて欲しい・・・さっき言ってた、マ獣に致命傷を負わせたっていうのは・・・」
「あっ、あぁー!それね!!・・・えっとね、確かね・・・顔の左目に傷をつけて、左足に強い縦傷をつけたって~・・・言ってたよ?」
「そうか・・・わかった、ありがとう。あの森に近づく時は用心しよう」


次はアンナがウィタと同じ様にマ獣の事が気がかりでいた。


「ミっち・・・マ獣って、今でもその森に居るのかな」
「・・・ごめん、そこまではわからない。でもエージスさんとヴィルさんが、ここずっとあの深林の探索依頼を受けてくれてて、あのマ獣を追ってくれてる」


エージスとヴィルトスはここ数日に渡り、深林を調査してくれている。まだはっきりとした事はわかっていないらしいが、役所に向かう二人にミコはよく話しかけていたらしい。


「そっか・・・ありがとう!まぁ、近づかなければ大丈夫だよね!」
「・・・うんむ!」


三人はお互いの顔を見合わせて不安な気持ちを笑顔で切り替えした。すると、マリーがお盆を持ってこちらに歩いて来た。


マリーは空いた皿を片付け始め、テラスの出口の上に付けてある時計を見る。現在はお昼過ぎ。このテラス席に予約していた次の客がもう少しで来る事になっている。マリーは笑顔で対応した。


「はーい!三人とも~。そろそろ、次のお客様が来る時間だから、片付けちゃうわね~」
「「お願いしまーす!」」


アンナとミコが返事をし、マリーが片付けをしている時、ウィタは時計を見て徐ろに椅子から立ちがった。


「それじゃ、あたし達も帰ろっか。先にお会計してくるよ」
「あ!あーちも行く!アンナっちは忘れ物ないようにゆっくりね」
「うん!ありがとう」


そう言うと、アンナは帰る支度をし始めた。忘れ物が無いかを鞄の中や椅子の下などを確認して二人の元に行こうとした時、マリーに声をかけられた。


「アンナちゃん」
「はい?・・・なんですか、マリーさん」


マリーは少し不安そうな顔をしてアンナを見つめた後、いつもの笑顔に戻り、ゆっくり口を開いた。


「・・・帰り・・・気をつけてね」


アンナは特に考えてはいなかったが、マリーは心配していた。アンナの帰り道はあの深林を抜けなければならない。その為、家に帰るには馬車を使っての移動となる。今までこの店に来たアンナは特に何事もなく楽しく終わっていた。だが、今日だけは、マリーはアンナに嫌な予感を感じてしまっていた。だからマリーは耐えきれず心配し、声をかけた。そんなアンナはとても無邪気で、とてもいい笑顔で。
 

「はい!」


そう、答えるのだった。





            
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