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第一章 始まり編

第二話『動き出す歯車』

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 -元の月第8日-

 いよいよ任務の日だ。
 自分の出来る範囲の準備はしたが、結局イデアルは報酬無しって事で任務は不参加という事になった。
 あいつにも思う所があるんだろう、あいつなりに考えての判断だ、皆特に不満も無くそれを了承した。

「着いたわね」
「ああ、村長と話しをしてくる」

 村に着いた俺達は各自持ち場に就く。
 ガンデスはリリーと最低限の話しをして村長宅へ向かう。

「ベル、ナーファ、イデアルの事は気にするなよ」
「ああ、わかってる」
「ええ」

 ゼノも腑に落ちない部分はあるだろうに……。
 ゼノの気遣いに感謝しておこう。

---

 やがてガンデスが老人と鎧の兵士に囲まれた少女達と一緒に戻って来る。
 どうやらあれがガーネア姫らしい、自分が思っていたよりも幼い印象を受ける。

(15か16ぐらいか?)

 まじまじと見つめるベルの視線に気づいたのか、ガーネア姫がこちらに近づいてくる。

「あの、イデアルさんは・・・」

 おずおずとガーネア姫が言う。

「アイツなら不貞腐れて来てないぞ」
「そう、ですか・・・」

 悲しげな顔をする姫様。
 何かまずかったのか、リリーに引っ張られる。

「ちょっと、少しは言い方を考えなさいよ」

 小声で話しかけてくる。

「言い方っつってもなぁ・・・素直にあんたの父親は自ら死にに行くつもりだぞって言うのか?」
「そんなわけないでしょ!?不貞腐れてとかじゃなくて、もっとこう、他の任務に行ってるとか言いようはいくらでもあるでしょう!?」
「えぇ、一人だけ単独で別任務ってのも怪しまれないか?」
「それはそうだけど・・・ああもう!」

 二人の様子を不思議そうに見守るガーネア姫。
 気を利かせたガンデスが声をかける。

「アイツとは知り合いか?」
「はい、昔はよく遊んでいました、でもお互いの立場から周りには良く思われてなかった様で・・・」

 顔色が暗くなるガーネア姫に変わり、近くにいた老兵が答える。

「姫様とイデアル様は幼馴染にあたる関係でして、それはそれは仲睦まじく、ご兄弟の様に遊んでおられました」

 ニコッと笑う老兵が言う。

「あんたは?」
「これは申し遅れました、私、姫様が幼い頃から護衛をしております、マーロウと申します」
「マーロウさんか、こちらこそよろしく頼む」

 お互いにがっしりと握手を交わす。
 見た目に反してマーロウの手はとても力強く、今まで様々な苦境を乗り越えてきたのだと容易に想像できる。

(この老兵、若ければ相当の手練れだっただろうな)

 ガンデスは思わず息をのむ、そのぐらいこのマーロウと言う老兵からは老兵とは思えないほどの覇気を感じていた。

「も、もう、マーロウは余計なことは言わなくていいわ!」

 ガーネア姫が顔を赤くして抗議する。

「これはこれは、口が滑ってしまいました
申し訳ありません、年老いてからというもの口が軽くなってしまい・・・」
「いっつもそう言ってごまかしてるじゃない!もういいわ!」

 顔を赤くしたまま走り去っていくガーネア姫を横目にマーロウは続ける

「本当に仲良くしておられたんですよ・・・」
「だったら何故イデアルは国を追い出された」

 それまで無言だったゼノのが苛立ちを表しながら言う。
 マーロウも「これは正直にお話するしかありませんね」とぽつりと呟くように話し始める。

「実はイデアル様のお父様は王国の大臣様でした、王国の平和の為に日々政策を進めておられたのですが、血を流さない様にする為少し遠回りになる様な政策も幾らかありました。
それを良く思わない者は国内外に一定数存在していると言われております、大臣様はその様な者達に暗殺されてしまいました。
その時イデアル様は姫様と一緒お茶を楽しんでおられたと聞きます、そこに大臣様を暗殺した者達が姫様ごとイデアル様も殺そうとしました」

 当時マーロウはガーネア姫の傍にはいなかったのだろう、「あの時もう少しでも近くにいれば」と呟いている。

「その時にイデアルの能力が発動したと」
「はい、4大元素にそぐわない魔法、氷の力で暗殺者から姫様を守り我々親衛隊や国王様は大いに喜び感謝しました。
ですが、国民はそうとはいきませんでした、イデアル様の能力は多くの国民にとって、その勇姿より恐怖の方が大きかったのです。
そしてその批難に耐えられなくなったイデアル様は一人でに国を出ていかれました」

 マーロウの話しは続く。
 イデアルが出て行き、平和を優先する大臣であるイデアルの父親がいなくなった後、その後釜であるマリシス大臣によって内政は引き継がれたが、上手くいかず、国民の不満の声はとうとう国自体に対して向き始め、政府と国民が分離し始めていた所に、今回の戦争が勃発したという事らしい。

(なんというか、タイミングが悪いと感じるが……余りにも悪すぎるな、もしかして大臣暗殺の件とアーファルスとの戦争の件、何か関係があるのか?)

 まさかな、とは思いながらも、先ほどから黙り込んでいるナーファにも意見を聞こうと向き直る。
 するとナーファが能力を使っているのか顔が青ざめていた。
 顔が青ざめるというのは彼女の能力のデメリットの一つだ、しかし、今回の青ざめ方はゼノから見ても異常だった、慌てて今にも倒れそうなナーファを支える。

「お、おい!大丈夫かナーファ!」
「はぁ・・・はぁ、ごめ、ごめんなさっごほっ!」
「おい落ち着け、能力を使ったのか?無駄に負担を掛けるのは……」
「リーダー!リーダー聞いてください!この村に大人数の人間が!」

 ゼノの言葉何て聞こえていないかの様にガンデスの方に向かう。

(というか今何て言った?大人数の人間?何故こんな辺境の村に……まさかガーネア姫の情報が漏れていたのか!?)

「総員戦闘準備!ベルは俺と来い!他の者は住人を守れ!」

 ガンデスの声が響く。

(もうそんなに近くにいるのか!?)

 ゼノがそう考えた直後村の入り口から悲鳴が上がる。

「くそっなんなんだ一体!」

 ゼノが深く考える暇も無く、ベルとガンデスが入り口に向かっていった。
 ゼノもリリーの「ゼノ!貴方は私と一緒にガーネア姫の護衛よ」という一言でガーネア姫の近くで辺りを警戒する。

「姫さん、少し我慢しててくださいね、ガンデスとベルに任せていれば直ぐに収まりますので」

 ゼノなりに気を利かせやさしくガーネア姫に話しかける。

「ええ、大丈夫です。
貴方方は勿論、マーロウもいますから」

 笑顔で答えるガーネア姫の手は震えていた。
 恐怖を感じながらもそれを表に出さず、気丈にふるまう姿を見て、一国の姫としての在り方を感じる。

(強いな、俺も負けてられんなぁ……)

 ゼノは一層気を引き締める。

「頼むぜ、ベル、リーダー」

 ゼノが独り言のように呟く。

---

「貴様らは……」
「北の……」

 ベルとガンデスがたどり着いた村の入り口には、北の国アーファルスの兵士達がいた。
 ゼノが考えた通り、何処からかガーネア姫の情報が漏れていたらしい。

「姫様は無事だな?身柄をこちらに渡してもらおう」
「何故だ、戦争は終わったのか?」

 ガンデスの問いにうんざりと言った様子を見せるアーファルスの兵士達。

「面倒だ、やるぞ」

 突然アーファルスの兵士達は、剣を振りかぶりガンデスの左腕を切り落とす。

「ガンデス!」

 ベルが叫ぶ頃には遅かった。
 痛みで叫ぶガンデスの横を素早く何人かの兵士が通り抜ける。

(しまったっ!)

 ガンデスの方に気が向いてしまいワンテンポ遅れてしまう。
 ベルの横すらも通り抜けていく兵士達が、ガーネア姫を目指して走り去っていく。

「ベル!俺はいい、村の奥に向かった奴らを追え!」
「わかった!」

 その様子を黙って見ている兵士達。

「随分余裕だな」
「ああ、既に片腕は落とした、この人数相手では戦うだけ無駄ではないのか?」
「いや?そうとは限らないぞ」

 言いながらガンデスは切り離された自身の左腕を同じく切り裂かれた自身の左肩に繋げる。
 そうすると初めから切られていないかの様に腕が繋がった。
 その様子を見た兵士達は各々同じ言葉を発する。

 ――これが異端者か。
 兵士達はどの様な相手に戦いを挑んだのか理解し、激しく後悔する。

「楽に死ねると思うなよ貴様ら」

 ベルが向かう方向の逆側から兵士達の悲鳴が響いた。

(ガンデスは上手くやっているな、こっちは間に合うか?
村内部に向かった兵士の数は4人、被害者がいなければいいが……)

 ベルの思いとは裏腹に、村の内部に進むほど村人の無残な姿が増えていく。
 家には火が立ち、あちこちから男女入り混じった悲鳴が上がっている。
 仲間達の無事を祈りながら進むベル、しかし、ベルの願いも虚しく、不安は的中してしまう。

「皆……」

 ベルの前立っているのはマーロウだけだった。

 他の者は全員血を流して倒れている。
 ゼノもリリーもガーネア姫さえも、ただ一人マーロウだけがその場に立ち尽くしている。

「おい、アンタ……」
「ああ、貴方でしたか……そうでした、忘れていました貴方モ殺サナイト」

 マーロウの目は血走っており、明らかに正常では無かった、血を流している者達の中に先ほどの兵士達もいる。
 状況から察するにこの惨事はマーロウがやったのだろう。
 なぜ、どうして、訳が分からないという感情がベルの中を駆け巡る。
 そんな事はお構いなしに、いきなり切りかかってくるマーロウ。

「無差別かよ!」

 自身の能力で剣を作り出し、応戦するベル。

 マーロウの剣をなんとか紙一重でいなし、距離を取る。
 たった一太刀剣を交えただけで直感する。

(強い……)

 数十年前、ガーネア姫が生まれてからずっと、一番近くで、その身一つで姫の護衛を任されていた彼の動きは達人の域に達しており、とてもじゃないがベルのかなう相手では無かった。
 ベルの両手はすでに痙攣をおこし、剣を握っているのも辛いぐらいだった。

 ――もし仮にマーロウが全盛期の状態だったら……。

 おそらく初撃の時点で剣ごとベルの身体を斬り伏せていただろう、そのぐらいマーロウは強かった。
 ベルも辛うじて初撃は防いだものの、二撃目、三撃目は防げるかわからないと感じていた。

(時間を稼いでガンデスを待つ)

 ベルが必死に考えた策である。
 ベルは剣の構築をやめ、自身の胴体程の大きさの盾を作り出す。
 『時間を稼ぐ』という選択肢を取るには、剣では無く盾の方が適切だと判断したためである。

(5分、いや3分耐えれれば勝機はある)

 村の入り口にいたアーファルスの兵士は十人程度。
 そこから村内部へと侵入した数が四、ガンデスの能力と実力から考えて3分程度あればこちらの援護にくる筈……。
 ベルはマーロウをしっかり視界に捕える。

 生気を持ってない目はどこを見ているのかわからない。
 一見隙だらけに見えるが、ベルは攻撃を加えようとはしていない、あくまでガンデスの到着を待っている。
 何にせよ、たった一人でゼノやリリー。複数の兵士たちを相手に闘い勝利した相手にうかつに手を出す事などできなかった。
 マーロウはあいかわず何処を見ているのかわからなかったが、突然「ウウウウウウ」と唸り声を上げ始める。

 ――不気味だ。

 数々の敵を相手に戦ってきたベルでさえもその不気味さに半歩後ずさりをしてしまう。
 その動きを切っ掛けにマーロウが襲い掛かってくる。

 まずは剣……を持っていない左手で盾を押し出すように殴りつける。
 剣が来ると考えていたベルは虚を突かれ、本来よりも大きく体制を崩してしまう。その隙を見逃さんと今度こそ剣で体制を崩した際に、盾から大きくはみ出た右足を目掛け、叩きつけるように振り下ろす。
 すんでのところで後ろに飛び退く事でそれを交わす。

 マーロウが行った技は『パリング』という技術。
 本来ならば相手の攻撃をかわしたり、受け流したりする技術であるが、マーロウはその動きを応用し、左側から勢いのある攻撃を行い、無理やりベルの盾の重心を左側に寄せ、体制を崩させた。
 そして体の重心が左に傾けば、先ほどのベルの様に、自然と右側が浮いてしまいそこを攻撃するという1対1の戦闘において非常に役に立つ技術である。

(3分持つかこれ……)

 ベルは攻撃をかわしたものの、考えていた以上の実力差に3分すら持つかどうかという現実に直面していた。

---

 30秒がたった、いや、30秒しかたっていない。
 たった30秒でベルの身体はボロボロになっていた。

「アハハハハハハ」

 笑いながら襲い掛かってくるマーロウの攻撃をひたすら受け続ける。
 右からの上段切り、左からの下段切り、かと思えば剣先でのど元を狙い突いてくる。
 マーロウの一撃一撃がとても重い、そして攻撃の間隔も早く、1秒も無い程だった。

 ベルも必死に食らいつく、なんとか攻撃をいなしきろうと必死に盾を構えるが、受けきれず何度か剣撃が腕や足に届く、致命傷では無いものの確実にダメージは蓄積されている。
 ベルの限界は近く盾の形成も不安定になってきたころ後ろから二本の剣がマーロウ目掛けて飛んでいく。
 マーロウは難なくそれをはじき返し、二本の剣は地面に突き刺さる。

「ベル、待たせたな!」

 剣を投げたのはガンデスだった。
 ベルの予想に反し、1分程度で村の入り口からアーファルスの兵士達をなぎ倒し、ベルの元へ駆け付けたのである。

「これは一体……」

 辺りの惨事を見てガンデスが固まる。

「アナタモ生キテイタンデスネ」

 言うが早いかガンデスに剣を振りかざす。
 それまで相手をしていたベルの事など眼中にないように一心不乱にガンデスに襲い掛かる。

(こいつは異常だ、人間を相手にしている気がしない)

 マーロウの言動とその化け物じみた強さから、ガンデスはベルと同じようにマーロウに恐怖を感じる。

「くそっあんなに嬉しそうに話してたじゃないか!大切な姫様だったんだろ!」
「アアアアアアアア」

 最早何も聞こえて無いのだろう、ガンデスの言葉に少しの反応も見せずに剣を振り続ける。
 その横で、傷だらけになりながらへたり込むベルは最早自身の能力を使う事も出来無い程疲弊していた。
 二人の闘いを見ているだけしかできない自分の弱さと不甲斐無さに怒りを感じているが。

(せめてこの戦いを目に焼き付けておこう)

 と、じっくり観察している。

 そうするとマーロウの動きが明らかにおかしくなっていることに気づく。
 ベルと対峙していた時は、さながら歴戦の剣豪とも言える程の動きだったが、ガンデスと戦っている今は、子供の様にただがむしゃらに、剣を振り回しているだけの様に見える。

(今ならなんとかなるかもしれない)

 ベルは重い腰を上げ、地面に突き刺さっていた二本の内の一つを拾う。
 丁度マーロウの背中側に位置する場所にあった為、マーロウには気づかれていないが、ガンデスは気づいている。
 二人はアイコンタクトを取り合い、タイミングを合わせマーロウを奇襲する。

「うおおおおおお!」

 ガンデスが自身の能力を生かし強引にマーロウの両腕を抑える。
 マーロウも必死に抵抗するがガンデスの拘束は解かれない。
 その隙を見逃さず、ベルが後ろから、拾った剣でマーロウの心臓を貫き刺す。

 マーロウの心臓から大量の血があふれ出て、その場に倒れ込む。
 なんとか倒したと、安心したのも束の間、再びマーロウが起き上がる。

「ハハハハハアアアア」
「こいつまだ動けるのかよ!」
「ベル離れろ!」

 ガンデスが落ちていたもう一つの剣をマーロウ目掛け投げ込んだ。
 さらに、顔の額に突き刺さった剣をより深く押し込む。
 ようやくマーロウが倒れ込む。

「今度こそ終わりだ……」

 ガンデスの追撃によって再び倒れたマーロウ。
 マーロウの顔は先程までとは違い、死にかけではあるが、人間味のある表情をしていた。

「なんとか……なったな」
「ああ」

 マーロウを倒す事に成功したが、この村の状況を見て、今までにない絶望を感じたまま二人はその場に倒れ込んでいた。
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