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チャプタ―38

遺言恋愛計画書38

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 また、和田が最期を迎えた病院を訪れたくなって健人は足を運んだ。
 嘘みたいだが、偶然は重なるもので和田が入院していた病室の前で親友の元担当看護師に遭遇した。
 彼女はこちらを認めたとたん、憤怒の表情になってこちらを睨んだ。
「なんで、来たの?」
「いや、親友との思い出をふり返りたくなって」
 健人の言葉に、
「なにか事情があるわね」
 と彼女は訳知り顔で返した。
 会う人間、会う人間に訳ありだと見抜かれて隠すのがいい加減バカらしくなっている、健人は素直に彼女が病気になって最近、弱気になっていることを告げる。
 話を聞き終えた看護師は、
「なるほどね」
 とうなずいた。そして、「でもね」と言葉をかさねた。
「弱気なところを彼女に悟られるのはよくないわ。患者はやっぱり大なり小なり弱気になってるし、そのぶん敏感になってるからすぐに周囲の人間の胸中を感じ取るから」
「やっぱり、そうですよね」
 健人もなんとなく、そんなことを考えていたからひとつ、ふたつ、うなずいた。
 この病院に来たのも、もしかしたら無意識のうちに看護師の意見を聞きたかったからかもしれない。
「でも、なるべく明るく接するようにはしてます。病気がよくなったらどこ行くかを話したり」
「そう、それはいいわね、マイナス思考に陥ったままだと患者のためにもならないし」
 経験談からくるのか、看護師の言葉には説得力があった。
 と、無意識のうちにといったようすで彼女は時計に目をやる。
「あら、いけない、話し込んじゃって」
「すいません、引き止めちゃって」
「まあ、いいわよ、無関係の人間が相手じゃないし」
 それじゃ、わたしは行くから、と看護師はあさっての方向に歩き出した。
「ありがとうございました」
 彼女の背中に健人は軽く頭をさげる。
 看護師は無関係の人間ではない、と言ったがほとんど縁のない人間にこれほどに親切にしてくれたとてもありがたかった。
「よし」
 健人は午後から彼女のお見舞いに行く気力を得た気分で病院を後にした。
 ただ、志織の精神状態は今日は一際悪かった。
 頻りに「私が死んだら」と口にするのだ。
 やる瀬ない気持ちでそれを聞くうちに健人も我慢できなくなった。
「君が死んだら、俺も死ぬ」
 つい、勢いでそんなことを言ってしまった。
 志織はショックを受けた表情を浮かべている。だが、一度堰を切ったらあとは止まらなかった。
「そもそも、ふたりの出会いはふたりだけのものじゃないんだ」
 和田や遺言恋愛計画書について語る。
 すべて語り終えたところで後戻りできない地点に立っていることに気づいた。それで、
「もし、遺言恋愛計画書が理由で出会ったことが不満なら別れて構わない」
 と心にもないことを告げてしまう。
 志織はしばらく思案げな顔つきを見せたのち、
「私、健人と出会わせてくれた和田さんに感謝しなくちゃね」
 とほほ笑みを浮かべた。
 釣られて健人も微笑を彼女に向ける。
「こんな荒唐無稽な話、信じてくれるんだ?」
「健人との出会いって、なんか導かれてるような感覚があったんだよね」
 健人の問いかけに、志織はしみじみとした口調でこたえる。
「でも、ごめんね。和田さんのことで辛い思いしたのに、私まで大病を患って」
「わざとじゃないのに謝る必要はないよ」
 志織は表情を曇らせる。健人は苦笑いを浮かべた。
「ねえ、病気のことは書いてなかったの?」
 少しの間ののち、志織は慎重な口ぶりで確かめる。
「残念ながら、なかった」
 それが事実だった。事実だったが、真実はどうだろう。
 もしかしたら、和田はわざと書かなかった気がしていた。困難を、純粋にふたりの力で乗り越えさせようとしている、そんな予感がなんとなくするのだ。
 その日、健人は夢を見た。
 場所は病室だった。ベッドの上には和田の姿がある。
「心配でつい、会いに来た」
 彼のそのせりふで、この夢が単なる夢ではないように感じさせた。なにしろ未来予知が実在するのだ、幽霊が存在してもおかしくない気がする。
「それでさ、どうする? 予知しつづけてやろうか?」
 和田がおだやかな声でたずねる。
 未来を保障しれくれる、それは人間にとってとても魅力的な選択だ。
 が、ほとんと間を置かず健人は首を左右に振っていた。
 和田が死んで何かを選択することに恐れを抱いていた彼だが、気付けばみずからの意思で恐れずに“選択”することができるようになっていた。
「いいよ、ありがとう」
「そっか」
 あっさりしたようすで和田が小さくうなずく。そして、
「よかった」
 と言葉をかさねた。その顔には安堵の念がうかがえた。
「死んでまで心配かけて悪い」
「いいよ、それが親しい人間の特権だから」
 それじゃあな、と和田が言葉をかさねると周囲の景色が薄れていく。やがて、なにもかもが曖昧になったところで、視界が入れ替わった。
 いつもの自分の部屋だった。天井を見つめる目は涙に濡れていた。
「ありがとう、和田」
 言い忘れた言葉を虚空に向かって放った。
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