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チャプタ―5
遺言恋愛計画書5
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● ● ●
翌日、健人は東京郊外へと出向いて、多摩川の一角で釣り糸を垂れていた。
そろそろ学校に顔を出そうと思う、と高校の友人の伸弥(しんや)に告げたところ「ちょっと付き合え」と呼び出されたのだ。そういえば、日曜日だった。
手から離した風船がどこまで登っていきそうな一片の曇りもない空のもと、川辺に立っているとなんともいえない心地いい気分になってくる。
「もう、大丈夫なのか」
釣り糸を垂れて数分後、伸弥のせりふに「え」と疑問の声を返した。
「だから、中学以来の友だちが亡くなったんだろ」
伸弥はいらだたしげに竿先をふるわせて問う。
ああ、健人は肯定とも否定ともとれる曖昧な声を返した。
「おまえなあ」
伸弥は水面からこちらに視線を移し鼻の頭に皺を寄せる。
「悪い、悪い、心配かけたよな。大丈夫だよ」
気を落としただけでここまで心配してもらえる、そのことありがたさに感謝しながら健人は告げた。そこで、手もとに振動を感じた。水面のウキが沈んでいる。
「お、釣れたな」
伸弥の言葉と同時に健人はウグイを釣り上げた。竿を傾けてウグイを手元に引き寄せ、針を外した。
「俺の勝ちかな」
健人は魚を突き出したずねる。ここにくるまでに釣果で負けた方が夕食を奢ると約束していたのだ。
次の瞬間、今度は伸弥に当たりがあった。
「そうはいくか」
得意げに応じる伸弥だったがすぐに顔をしかめる。
「いや、おれは真面目にお前のこと心配してるんだぞ」
「でも、もう大丈夫だから」
健人は首を横にふって、餌をつけた仕掛けを水面に投じた。
その反応を受けて伸弥や深々とため息をついて、ウグイを小さなビニール製の折たたみバケツに入れて餌をつけた仕掛けを川に投げた。
「お前って妙に割り切りがいいところがあるよな」
と嘆くようにいい、「でもよかった」と言葉を重ねる。
「暢気に釣りに興じるくらいには元気になったみたいだしな」
ああ、と伸弥のせりふに健人は小さくうなずいた。そういえば和田の死以来、伸弥の釣りの誘いをなんだかんだと理由をつけて断わっていたのだ。あれも、親しい人間からすれば異変のサインとして読み取るのはそう難しくないだろう。
つくづく自分は人に心配をかけていたと健人は実感した。
「ありがとう」
小声で礼をのべる。だが、
「なにかいったか」
伸弥に聞き返されると気恥ずかしくなり、「なんでもない」と声を張り上げる羽目になった。
その後、釣りを切り上げた健人たちは都内の一角にある居酒屋を訪れている。普段は「客層が悪い」と伸弥が言って嫌がるチェーン店の、それも都内在住でなくとも誰もが知ってる地名の駅がほど近い場所を珍しく選んでいた。未成年の飲酒は犯罪だが、まあ、そこはあれ、あれだ。
「なんで、ここなんだ」
なぜか四人掛けの席に横に並んで座った伸弥にたずねると、
「まあ、いいから」
曰くありげな笑みが返ってきた。
首を捻りながらビールを飲んでいると見知らぬ若い男が席に近づいてきて、
「和田さんをしのぶ会ってここですか?」
と聞いた。
和田、の苗字に健人が硬直しているうちに、
「そうです」
伸弥がうなずいて着席をうながした。さらに少しの間ののちに、今度は若い女性が近寄って来て同じ文言を口にする。同じやり取りを経て、向かいの席ふたつが埋まった。
「伸弥」
これはどういうことだ、と健人が確認しようとすると、
「いやあ、一、二度聞いたことがある名前をもとにSNSで関係がありそうな人間を探すのは骨が折れた」
伸弥はやや自慢げな顔で応じた。
彼の言葉の意味を理解するのに少し時間がかかる。つまりは、伸弥はSNSを使って和田に関係のある人を探し出し募ったということらしい。しかし、なぜ? それはすぐに明らかとなった。
「わたしは」「ぼくは」
向かいのふたりが同時を口を開き、互いをうかがい少し間を空けてふたたびしゃべり出した。
「和田さんの“予知”に」「助けられたんです」
このせりふに健人はハッとなる。自分以外にも和田の予知に助けられた人間がいることを考えてみたことがなかった。
「ぼくは恥ずかしながら借金があって思い詰めていたところを、競馬の万馬券を教えてもらって助けてもらいました」
「わたしはストーカー被害に遭っていたところを、相手の行動を予知してもらって助けてもらいました」
それぞれのエピソードに、「なるほどな、正義漢だった和田らしい」という思いを健人は抱いた。
それから、ふたりは話の詳細を交互に語る。
それらを聞いているうちに健人は何とも言えない温かな気持ちになった。
亡き親友を、その死ののちも記憶にとどめてくれる人間が肉親や自分以外にいてくれたことに感謝の念をおぼえた。
やがて、話題は趣味その他の身近なものになっていく。そして終電があるうちに四人はしのぶ会をお開きにした。
店の前でふたりと別れて伸弥と歩いていると、
「それにしても未来予知ってなんなんだ、なんか大げさだよな」
と彼は怪訝な口調でつぶやいた。
健人はその発言と唖然となる。だが、よく考えてみると仕方のないことかもしれないと思った。ふつうは馴染みがない単語だ。
翌日、健人は東京郊外へと出向いて、多摩川の一角で釣り糸を垂れていた。
そろそろ学校に顔を出そうと思う、と高校の友人の伸弥(しんや)に告げたところ「ちょっと付き合え」と呼び出されたのだ。そういえば、日曜日だった。
手から離した風船がどこまで登っていきそうな一片の曇りもない空のもと、川辺に立っているとなんともいえない心地いい気分になってくる。
「もう、大丈夫なのか」
釣り糸を垂れて数分後、伸弥のせりふに「え」と疑問の声を返した。
「だから、中学以来の友だちが亡くなったんだろ」
伸弥はいらだたしげに竿先をふるわせて問う。
ああ、健人は肯定とも否定ともとれる曖昧な声を返した。
「おまえなあ」
伸弥は水面からこちらに視線を移し鼻の頭に皺を寄せる。
「悪い、悪い、心配かけたよな。大丈夫だよ」
気を落としただけでここまで心配してもらえる、そのことありがたさに感謝しながら健人は告げた。そこで、手もとに振動を感じた。水面のウキが沈んでいる。
「お、釣れたな」
伸弥の言葉と同時に健人はウグイを釣り上げた。竿を傾けてウグイを手元に引き寄せ、針を外した。
「俺の勝ちかな」
健人は魚を突き出したずねる。ここにくるまでに釣果で負けた方が夕食を奢ると約束していたのだ。
次の瞬間、今度は伸弥に当たりがあった。
「そうはいくか」
得意げに応じる伸弥だったがすぐに顔をしかめる。
「いや、おれは真面目にお前のこと心配してるんだぞ」
「でも、もう大丈夫だから」
健人は首を横にふって、餌をつけた仕掛けを水面に投じた。
その反応を受けて伸弥や深々とため息をついて、ウグイを小さなビニール製の折たたみバケツに入れて餌をつけた仕掛けを川に投げた。
「お前って妙に割り切りがいいところがあるよな」
と嘆くようにいい、「でもよかった」と言葉を重ねる。
「暢気に釣りに興じるくらいには元気になったみたいだしな」
ああ、と伸弥のせりふに健人は小さくうなずいた。そういえば和田の死以来、伸弥の釣りの誘いをなんだかんだと理由をつけて断わっていたのだ。あれも、親しい人間からすれば異変のサインとして読み取るのはそう難しくないだろう。
つくづく自分は人に心配をかけていたと健人は実感した。
「ありがとう」
小声で礼をのべる。だが、
「なにかいったか」
伸弥に聞き返されると気恥ずかしくなり、「なんでもない」と声を張り上げる羽目になった。
その後、釣りを切り上げた健人たちは都内の一角にある居酒屋を訪れている。普段は「客層が悪い」と伸弥が言って嫌がるチェーン店の、それも都内在住でなくとも誰もが知ってる地名の駅がほど近い場所を珍しく選んでいた。未成年の飲酒は犯罪だが、まあ、そこはあれ、あれだ。
「なんで、ここなんだ」
なぜか四人掛けの席に横に並んで座った伸弥にたずねると、
「まあ、いいから」
曰くありげな笑みが返ってきた。
首を捻りながらビールを飲んでいると見知らぬ若い男が席に近づいてきて、
「和田さんをしのぶ会ってここですか?」
と聞いた。
和田、の苗字に健人が硬直しているうちに、
「そうです」
伸弥がうなずいて着席をうながした。さらに少しの間ののちに、今度は若い女性が近寄って来て同じ文言を口にする。同じやり取りを経て、向かいの席ふたつが埋まった。
「伸弥」
これはどういうことだ、と健人が確認しようとすると、
「いやあ、一、二度聞いたことがある名前をもとにSNSで関係がありそうな人間を探すのは骨が折れた」
伸弥はやや自慢げな顔で応じた。
彼の言葉の意味を理解するのに少し時間がかかる。つまりは、伸弥はSNSを使って和田に関係のある人を探し出し募ったということらしい。しかし、なぜ? それはすぐに明らかとなった。
「わたしは」「ぼくは」
向かいのふたりが同時を口を開き、互いをうかがい少し間を空けてふたたびしゃべり出した。
「和田さんの“予知”に」「助けられたんです」
このせりふに健人はハッとなる。自分以外にも和田の予知に助けられた人間がいることを考えてみたことがなかった。
「ぼくは恥ずかしながら借金があって思い詰めていたところを、競馬の万馬券を教えてもらって助けてもらいました」
「わたしはストーカー被害に遭っていたところを、相手の行動を予知してもらって助けてもらいました」
それぞれのエピソードに、「なるほどな、正義漢だった和田らしい」という思いを健人は抱いた。
それから、ふたりは話の詳細を交互に語る。
それらを聞いているうちに健人は何とも言えない温かな気持ちになった。
亡き親友を、その死ののちも記憶にとどめてくれる人間が肉親や自分以外にいてくれたことに感謝の念をおぼえた。
やがて、話題は趣味その他の身近なものになっていく。そして終電があるうちに四人はしのぶ会をお開きにした。
店の前でふたりと別れて伸弥と歩いていると、
「それにしても未来予知ってなんなんだ、なんか大げさだよな」
と彼は怪訝な口調でつぶやいた。
健人はその発言と唖然となる。だが、よく考えてみると仕方のないことかもしれないと思った。ふつうは馴染みがない単語だ。
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