江戸心理療法士(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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137・了

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 つらつら、と忙しかった日々を思い出しながら歩いているといつの間にやら太田家の屋敷へとついている。
 結局、徳兵衛に引き止められたこともあり、その後も食客としてここで寝起きしていた。
 玄関をあがったところで由松が姿を現す。
 が、嫌な予感がした。
 彼の顔にどこか邪まなものを感じたのだ。
「今、姉上が召し物を替えております」
 案の定、そんなことを告げてくる。
 どうも、本気で姉と伊兵衛がむすばれることを望んでいるようでなにかといたずらじみた手段でその実現へのきっかけを作ろうとするのだ。
「ささ、お早く」
 あきれて物をいえない伊兵衛の袖を由松は楽しそうに引く。こちらの意志など関係ないとばかりに全力でこちらを動かそうとする。この強引さは間違いなく姉のみきに通じるものがあった。
 そんな由松の背後に気配を殺してせまる影がある。
「なにを急いでいる、由松」
 冬山の夜を思わせる冷え冷えとした声が彼にかけられた。
 とたん、由松が一晩冬の大気にさらされたかのごとく凍く。しかし、姉が手がその身をとらえる前に身をひるがえし駆け出した。
「待て、由松」
 それを追ってみきが悪鬼形相で走る。
「いや、騒々しくて申し訳ない」
 そこに奥のほうからひょうひょうとした顔つきで徳兵衛が姿を現した。
 ふたりを器用に避けて伊兵衛のもとにたどりつく。
「して、祝言はいつになりますかな」
 謝罪しておきながら、彼は意味ありげな目でこちらを見やった。
「いまだ未熟者ですので」
 いい加減、徳兵衛のからかいを受け流すのに伊兵衛はなれている。
 まったく、という顔をしながらもその口もとは笑っていた。
 法龍が生きていたときと同じくらいに、伊兵衛は日々を楽しんでいる。
                                                                                             了
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