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「島津家にじゃ。さらに権勢を広げるのに主上の御血筋は利用できると踏んだのじゃろうな。表向き“生まれておらぬ”子供、引き取って自儘に扱おうと表立って文句をいう者はおらぬ」
 このせりふに対しては、あまりにも怒りが大きすぎて声を出すことができない。一瞬、視界が白んでなにも見えなくなった。刹那、
「喝」
 智徳が雷声を発する。
 その声に打たれて、伊兵衛は呆然となった。
「馬鹿者、法龍になにを学んでおった」
 智徳が鋭い眼光でこちらをにらんでいる。そして、一転その表情が同情的なものになった。
「たしかに、ひどい話じゃ。実の母が殺されておったなどというのは」
 じゃが、と声に力を込めて言葉をかさねる。
「忘れるな、実の母以上にお前さんの師はお前さんを慈しんでおっただろう」
「ですが、我が師もまた命を奪われました」
 伊兵衛の抗弁につかの間、智徳はおどろきの表情を見せた。
 だが、すぐに事情を呑みこんだのか哀愁をただよわせながらも口を開く。
「じゃが、お前さんの師は仇を討てなどと申したか」
「それは」
 伊兵衛はあらためて気づいた。
「余人に命を奪われたのじゃ。無念がなかったということはなかろう。じゃがな、それでもなおあやつはお前さんのことを考えたのだ。じゃから、今のお前さんを見てあやつがどういうふうに存念するか想像してみろ」
 それでもなおあやつはお前さんのことを考えた、などといわれては拒否することもできず伊兵衛は師がどんなふうに思うかを想像する。
 悲しむ。答えは単純明快だ。
 容貌魁偉な上に兵法の達人でもあったが、なにか悪さをした伊兵衛やむめに対して手をあげたことなど一度もなかった。
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