上 下
74 / 125

73

しおりを挟む
 狐憑きだ。後世でいう統合失調症の患者は日本の人口の一分にも及ぶといい、一〇〇人いればそのうちのひとりは当てはまる計算になる。少数派ではあってもけっして“少なく”はない。そして、その多数の人間が偏見と差別が苦しんできたのが人の歴史でもあった。
 彼らに今すぐに救いの手をさしのべたい衝動とに駆られながら、伊兵衛はぐっとこらえている。ここで藩士に怪しまれれば、結句のところ治療がどうこうなどといっていられなくなる。
 すみません――心のなかで周囲に謝り、必死に己をなだめながら敷地内の仔細を観察する。もし、智徳が捕われているとすればいずこかと考えながら。
 可能性のひとつとしては座敷牢が考えられる。
 その存在がうとましく、かつ殺すのは具合が悪いという人間を監禁する場所というのはこういう屋敷には付きものだ。
 ただ、伊兵衛としてはその可能性は低いと見ている。座敷牢というのはある程度の身分を持った者を閉じ込めておく場所だ。智徳にそういう価値を宗門の者が見出したとは思えない。
 となると、候補の筆頭にあがるのは蔵などだ。ここなら、“閉じ込める”という目的にかない、かつそれなりの人数を監禁できる。入信したものの宗門からの脱退を考えた者もいたはずだから、そういう者を捕えておくのにも使っているはずだ。
 事前に徳兵衛に聞いておいた大雑把な大名屋敷の構成と視界に入る光景と照らし合わせながら、建物の配置などを頭に刻みつける。
 足もとの汚れを落とし、伊兵衛たちが通されたのは広間だ。そこにはすでに大勢の人間が集められ一種異様な熱気を放っている。身分、身形に統一感はない。入信を済ませているとおぼしき前方の一群の者はなにやら呪文らしきものをしきりに唱え何やら踊りのごときものを踊っていた。
 そのなかに、以前治療をおこなっていた大店の主人の子息、遊女を見受けするのだといっていた放蕩息子を見つけ伊兵衛は衝撃を受けると同時になかば得心がいく。宗門に引き込まれたからこそ治療が成功したというのに失踪したのだ。どこで係わりあいのなったのか知らないが止められなかったことに対し悔しさをおぼえる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)暦道を司る賀茂の裔として生まれ、暦を独自に研究していた勘解由小路在昌(かげゆこうじあきまさ)。彼は現在(いま)の暦に対し不満を抱き、新たな知識を求めて耶蘇教へ入信するなどしていた。だが、些細なことから法華宗門と諍いを起こし、京を出奔しなければならなくなる。この折、知己となっていた織田信長、彼に仕える透波に助けられた。その後、耶蘇教が根を張る豊後へと向かう――

【受賞作】狼の贄~念真流寂滅抄~

筑前助広
歴史・時代
「人を斬らねば、私は生きられぬのか……」  江戸の泰平も豊熟の極みに達し、組織からも人の心からも腐敗臭を放ちだした頃。  魔剣・念真流の次期宗家である平山清記は、夜須藩を守る刺客として、鬱々とした日々を過ごしていた。  念真流の奥義〔落鳳〕を武器に、無明の闇を遍歴する清記であったが、門閥・奥寺家の剣術指南役を命じられた事によって、執政・犬山梅岳と中老・奥寺大和との政争に容赦なく巻き込まれていく。  己の心のままに、狼として生きるか?  権力に媚びる、走狗として生きるか?  悲しき剣の宿命という、筑前筑後オリジンと呼べる主旨を真正面から描いたハードボイルド時代小説にして、アルファポリス第一回歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」に繋がる、念真流サーガのエピソード1。 ――受け継がれるのは、愛か憎しみか―― ※この作品は「天暗の星」を底本に、9万文字を25万文字へと一から作り直した作品です。現行の「狼の裔」とは設定が違う箇所がありますので注意。

渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

【受賞作】小売り酒屋鬼八 人情お品書き帖

筑前助広
歴史・時代
幸せとちょっぴりの切なさを感じるお品書き帖です―― 野州夜須藩の城下・蔵前町に、昼は小売り酒屋、夜は居酒屋を営む鬼八という店がある。父娘二人で切り盛りするその店に、六蔵という料理人が現れ――。 アルファポリス歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」、同最終候補「天暗の星」ともリンクする、「夜須藩もの」人情ストーリー。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...