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 胸に包丁を突き立て、小袖を血で赤く染め、顔面は蒼白。充血した目には、疑いようのない憎悪が凝っている。今にも襲いかかってきそうな有様だ。
 華陽はこれが夢だとわかっていても、心の臓がすくむのを感じた。目の前の男の状況は、彼女がまねいたものだが、罪悪感はない。ただ、幼いころの「いつか父や母が復讐しに来るのではないか」とおびえつづけていた記憶が浮かび上がってきたのだ。心の奥底にこびりついた澱はそうそう消えてしまうものではない。
 恐怖につづいて、いらだちや不満が胸にきざす。
 そこに、
「よくも、あたしらの暮らしを台なしにしてくれたね」
 母の声が割り込んだ。見知らぬ酔漢の罵声とくらべてさえ不快な声音だ。
 見やると、父のななめ後方に髪をふり乱した女の姿があった。ただし、もはや人ではない。額の左右から鋭い角をはやし、口もとには黄色い牙がのぞいている。
「子を虐げることで心の平穏を保って成り立つ暮らしなど糞喰らえだ」
 華陽は甲高い声で怒鳴り返した。ただ、子どもの声量では自分の怒りが満足に表現できずかえっていらだちがつのる。彼女の叫びは心からのものだ。頭頂部からつま先まで燃え上がらせるようにして、力をふりしぼった。
「うるさい、子は親の“物”だ」
「黙って足蹴(あしげ)にされてればいいのさ」
 父と母が先に倍する声をあげる。その迫力に華陽は一瞬、息をのんだ。同時に悔しさを感じた。いまだにろくでなしの、くずの、外道の二親の“呪縛”のもとにいるのがどうしようもなく口惜しい。
 そんな隙を突くように父がこちらの腕をつかむ。
「話せ、下郎」
 華陽は必死にあらがう。が、いくら幼児でもそれはありえないというほどに力が出ない。夢特有の理不尽さが如実にあらわれた形だ。
 くそ、くそ、くそ――悔しくてしかたがない。全身を掻き毟り皮膚のすべてを剥ぎ取ってしまいたいほどに。半ば夢のなかであることを忘れる。
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