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 瞬間的に身を硬くする伊左衛門に対し、師がおこなったのは頭をやさしく撫でるという行為だ。
 剣の修行のせいで硬くなった手のひらはけっして心地のいいものではない。
 それでも、伊左衛門は身のうちにあふれていた感情が外へと流れ出て心が軽くなるのを感じた。
「どうした」
 胴間声ではあるが温かみのある口調でたずねる。
 それで伊左衛門の喉の奥のつっかえがとれた。捨て子であること、陰陽師などという得体の知れない者の養い子であることなどをあげつらわれ近所の子供たちにいじめられたことを明かす。
「痴れ者どもが」
 話を聞き終えた師の第一声に伊左衛門は目をみはった。
 たしかにその通りではあるが子供相手にそこまでいうとは思わなかったのだ。
「よし、そやつらに呪詛をかけてやるとしよう」
 さらに次の言葉には、突如大地震にみまわれたかのごときおどろきをおぼえる。
 第一に陰陽道の術を悪用してはいけないと常々いっているのは師自身なのだ。
 さらに当時は、まだ頭の患いを癒すのとは別の“裏の”陰陽道とでもいうべきものが実はあるのではないかと伊左衛門は思っていた。だから、本当に悪童たちが呪われてしまうのではないかと考えたのだ。
「そ、そこまでしなくてもいいです、師匠」
「だが、お前は悪童たちのせいで悲しい思いをしたのだろう」
「はい、でも」
 だからといって、呪詛はやりすぎだと表情、声、すべてでもって訴える。
 すると、けわしかった師の顔が柔和なものに変わった。
「おまえはやさしいな、喜平太(きへいた)」
 やわらかな声で褒められ伊左衛門はくすぐったいような心持ちになる。
「だがな、わしはお前を悲しませる者があれば呪詛してしまいたいくらいに大事に思っているんだ、喜平太」
 師は当時の伊左衛門を抱き寄せた。

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