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「これをお渡しするよう言付かりました」
 手代から書状を受け取りながらも伊左衛門は首をかしげる。江戸に知り合いといえるのはここ薬丸屋の店主と徳兵衛親子しかいない。彼らであればわざわざ書状などしたためなくとも直接顔を合わせて用件を告げればいいのだ。書状を送ってくるような相手に心当たりがない。
「どなたから」
「それが、子供にお銭(あし)を握らせて渡させたようで相手は年端もいかぬ坊やで」
 それでは、と部屋をあとにする手代を見送ったあと伊左衛門は書状を開いてみた。つい先ほど、剣呑な目に遭ったばかり警戒心が指先に力を込める。
 差出人などの名前はない。ただ、
『過去を探れば危難を招くこととなる。身をつつしめ』
 と記されているのみだ。
 瞬間的に伊左衛門は肚のうちが熱くなるのをおぼえる。
 わたしには――声に出さずにつぶやいた。
 過去しかない。
 二親に捨てられた身だ。養い親が世を去ってしまった今、自分は天涯孤独の身だ。その上に陰陽師などという胡散臭い生業で生計を立てている。
 この寄る辺のない身を支えるのは“過去”以外にない。
“なにもない”己の既往を少しでも知ることができる、充足できるというなら多少の危険など関係ない。
 それに師の遺した言葉を探ることは、伊左衛門にとってはもはや鬼籍にはいり言葉を交わすことのできない法龍との絆を確かめられるような気がするのだ。そのために、京を出てはるばる江戸を訪れた。
「師匠」ふいにこみ上げるものがある。
 脳裏に師の姿が浮かんだ。
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