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「で、いかなる用向きで罷り越した次第で」
「や、これは失礼つかまつった」
 今日二度目の、『や、これは失礼つかまつった』だと伊左衛門は胸のうちであきれ気味につぶやいた。
「娘の命を救っていただいた御仁に礼をしたいと存念した次第で。いかがであろうか、夕餉を当家にて馳走いたしたいのだが」
 夕餉を馳走といっても内証の豊かではない御家人では供されるものなどたかが知れているだろう。恐らく客分として遇されている薬丸屋で出される食事のほうが豪勢だろう。
「それではよろこんで」
 ただ断るのも悪いと思い徳兵衛の誘いを伊左衛門は了承した。

 やはり、供された夕餉の中身は質素なものだった。
 白米飯に、味噌汁、煮物、焼き魚、豆腐。ただ、味噌汁は高級品のため下級武士の家では一日一回お目にかかればいいほうだし、品数にも伊左衛門への謝意があらわれていた。
 伊左衛門自身、豊かさとは無縁の暮らしを送ってきたから先の内容の食事でも十分にありがたいものだ。
 ただ、彼としてはすなおに食を楽しめない事情がひとつある。
 斜め向こうに座して箱膳を前にしている娘の存在だ。
 昨夜、伊左衛門が結果的に命を救うことになった武家の娘――父、徳兵衛の紹介によるとみきという名前らしい――だった。彼女は真剣での斬り合いに臨むような視線でこちらを刺している。
 なんというか非常に居たたまれない。なぜ、自分がこんな目に遭わなければならないのだろうかと伊左衛門は悲しいような気分になっている。
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