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一方的にご新造を斬りつけておいてなにが『うぬ』です――伊左衛門は怯えるどころか不機嫌な視線を相手に向ける。声に出さなかったのは単にいちいち言い返すのがめんどうくさかっただけだ。
彼の“目”には相手が今にも斬撃を送ってこようとしているのが見え見えだった。『目付』という相手の動きの前兆から次の挙動を事前に読み取る技術のお陰だ。
早(はや)――こちらに剣尖を向けた瞬間にはその肩に長脇差が突き刺さっている。
伊左衛門は己の得物を手裏剣代わりに投げつけたのだ。
刹那、声にならない悲鳴が今しも斬りかからんとした相手の口からもれる。
冷めた目でそれを見据えながらも、伊左衛門はもういっぽうの男にも気を配っていた。この男は伊左衛門と仲間の間に攻防が始まるや剣を収めて興味深げに剣戟を見守っていたのだ。
業前が未熟なために伊左衛門の危険性を理解できず余裕の態でいる、とてもそんな風ではない。明らかにこちらの強さを承知の上でなお悠然としている。
「得物がなく、どう俺に立ち向かう」
相手が発した疑問に対する返答は、伊左衛門の放った“斬撃”だ。
転瞬、一条の光芒が相手の鞘から噴いて伊左衛門のそれを交わっている。硬質かつ甲高い音がひびいた。同時にお互いに距離を置く。
「仕込み杖か」
相手はますます興の乗った調子の声を出す。
一方の伊左衛門は男の指摘どおり、仕込み杖の刀を構えながらも形相は険しい。彼は動きを“消して”いた。前兆を読み取られない工夫のもとに動いたのだ。道場剣法ごときで防げる一撃を放った覚えはない。
「わたしを無視するな」
そこへ怒声が割って入った。最初に浪人たちと剣を交えていた娘だ。
目を向けると、彼女は双眸をつりあげて何故か伊左衛門までもひとまとめににらみつけている。
無視するなといわれましてもね――修羅場において害のない相手にまで気を配っていては命を落とすことになりかねない。
彼の“目”には相手が今にも斬撃を送ってこようとしているのが見え見えだった。『目付』という相手の動きの前兆から次の挙動を事前に読み取る技術のお陰だ。
早(はや)――こちらに剣尖を向けた瞬間にはその肩に長脇差が突き刺さっている。
伊左衛門は己の得物を手裏剣代わりに投げつけたのだ。
刹那、声にならない悲鳴が今しも斬りかからんとした相手の口からもれる。
冷めた目でそれを見据えながらも、伊左衛門はもういっぽうの男にも気を配っていた。この男は伊左衛門と仲間の間に攻防が始まるや剣を収めて興味深げに剣戟を見守っていたのだ。
業前が未熟なために伊左衛門の危険性を理解できず余裕の態でいる、とてもそんな風ではない。明らかにこちらの強さを承知の上でなお悠然としている。
「得物がなく、どう俺に立ち向かう」
相手が発した疑問に対する返答は、伊左衛門の放った“斬撃”だ。
転瞬、一条の光芒が相手の鞘から噴いて伊左衛門のそれを交わっている。硬質かつ甲高い音がひびいた。同時にお互いに距離を置く。
「仕込み杖か」
相手はますます興の乗った調子の声を出す。
一方の伊左衛門は男の指摘どおり、仕込み杖の刀を構えながらも形相は険しい。彼は動きを“消して”いた。前兆を読み取られない工夫のもとに動いたのだ。道場剣法ごときで防げる一撃を放った覚えはない。
「わたしを無視するな」
そこへ怒声が割って入った。最初に浪人たちと剣を交えていた娘だ。
目を向けると、彼女は双眸をつりあげて何故か伊左衛門までもひとまとめににらみつけている。
無視するなといわれましてもね――修羅場において害のない相手にまで気を配っていては命を落とすことになりかねない。
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