斬奸剣、兄妹恋路の闇(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 八重は研ぎに出していた小太刀を受け取るために、人手で賑わう界隈に足を向けていた。
 往来を、老若男女、士農工商、様々な人間が歩いている。なお、彼らの着物は総じて地味だった。これは、江戸では着物の色は黒が極上とされ、黒から白にいたるまでの鼠色の段階の色調、あとは茶と紺などが主流になっているためだ。
 道は綺麗に清掃されている。道は町の共有財産と考えられ、それぞれが朝清掃するためだ。
 ――八重は目的の研屋(とぎや)の前で足を止める。
 その拍子に、ふと往来の人々の一角に視線がいった。
 とたん、心臓が悲鳴をあげる。
 瞠目した八重はつかの間、呼吸をするのを忘れた……
 その眼差しがとらえているのは、兄が見ず知らずの女性(にょしょう)と連れ立って歩いている姿だ。対手は着流し、浪人態の男装だが、女の本能に八重にはその正体が女人であると分かる。――距離も二十八間(約五〇・四メートル)ほど離れているが、兵法者として優れた彼女の視力はしかと雄彦を認めている――見間違うはずがない。
 ……ともに歩いている女性は、八重とは正反対の雰囲気を持っていた。女だてらに小太刀で無宿人を渡り合う彼女とは違い、たおやかという言葉の似合う面貌(めんぼう)をしている。
「……」
 言葉を失ってふたりを凝視していると、その姿は十字路に消えてしまった。
 ――追いかける気力はない。
「っと、娘さん、往来でぼーっとしてちゃ危ねぇぜ」
 気のいい職人の中年男が、八重にぶつかりかけて軽い口調で注意をうながした。
「……はい」
 それにかすれた声でこたえ、表から逃げるよう彼女は研屋の戸口をくぐる……
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