斬奸剣、兄妹恋路の闇(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

５７

「それがなぜ、それがしを襲うことにつながる？」
　雄彦は半ば答えを予期している顔つきでたずねた。
「……」
　が、後ろめたさからか、夫婦は答えない。
「村の外の人間を捕まえて、供物にしようとした――そういうことだな？」
　雄彦の言葉に、おずおずと百姓はうなずいた……
　その答えに、怒りを抑えるために兄は懐手(ふところで)になる。しばし瞑目し、
「なぜ、徒手空拳だったのだ？」
　と怒声の変わりに問いを発した。
「お、おれは血を見たくなかったから……」
　百姓は情けない顔でそれに答える。
「しかし、それがしが大小を帯びているのは眼に入ったであろう？」
　雄彦は真剣な顔つきで言葉を重ねた。
「――それでおれが斬られたのなら、それが運命だ。だから、そのときはおれの死体を供物にしてもらおうと思ってた」
「……あんたっ」
　うなだれる夫を、妻が眼を見開いて見やる――どうやら、初めてその胸のうちを耳にしたようだ。
　いかさま――八重はこれで得心がいった。襲ってきたときの百姓は、動きこそつたなかったがその気迫は兄がとっさに差料に手を伸ばすほどのものがあったのだ。
　旅人を供物にしようとした点はいただけないが、己が命をかけたことは評価に値する、と雄彦は考えたはず。恐らく、彼の心情的は百姓する味方する方向に心が動いている。
「して、鵺神様が求める供物というのは、ほかにないのか？」
　状況を詳しく把握するために、兄はそんなことを聞いた。