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「――お侍様を襲ったのは、ぬ、鵺神(ぬえがみ)様への供物にするためだったんだ」
「鵺神?」
必死の形相の百姓に、雄彦は思わず聞き返した。
――鵺、それは“頭が猿で身体が狸、手足が虎、尻尾が蛇”、文献によっては“虎の身体に狸の手足”などと記されている妖怪の名だ。『平家物語』や『源平盛衰記』などに登場し、源頼政(みなもとのよりまさ)によって退治されたという。
文武ともに優れた雄彦は五経四書だけでなく、古今の書籍にも眼を通しており、かかる字事実を知っていた――それゆえに眉をひそめたのだろう、と八重は見当をつける。
「へぇ、そう名乗っておいでです」
百姓は特に疑問を感じていない様子でうなずく。
「それで、“供物”というのは?」
と八重が先を促した。
「……に、人間なんでさぁ」
顔をふせ、百姓は声を上ずらせる。
「なに、人間?」
雄彦は眉尻をつりあげた。
「――『猪なら一匹、鶏なら三羽……それが無理なら、人間を寄越せ』と鵺神様が仰せで」
おびえた夫に代わり、妻が言葉を継ぐ。
「莫迦なっ……」
雄彦はその返答に唖然となった。八重も同様の心持ちだ。
「もう、村中の鶏は供物として捧げちまった。猪なんて、そうそう捕れるもんじゃねぇ――それでついに人間を供物にすることになっちまって、籤(くじ)で決めることになって」
「――この人が、印のついた籤を引いてしまって。男手は村に必要だから、女人が供物になるべしと名主様のお達しがあって……」
夫婦は苦渋の顔を浮かべている。
「鵺神?」
必死の形相の百姓に、雄彦は思わず聞き返した。
――鵺、それは“頭が猿で身体が狸、手足が虎、尻尾が蛇”、文献によっては“虎の身体に狸の手足”などと記されている妖怪の名だ。『平家物語』や『源平盛衰記』などに登場し、源頼政(みなもとのよりまさ)によって退治されたという。
文武ともに優れた雄彦は五経四書だけでなく、古今の書籍にも眼を通しており、かかる字事実を知っていた――それゆえに眉をひそめたのだろう、と八重は見当をつける。
「へぇ、そう名乗っておいでです」
百姓は特に疑問を感じていない様子でうなずく。
「それで、“供物”というのは?」
と八重が先を促した。
「……に、人間なんでさぁ」
顔をふせ、百姓は声を上ずらせる。
「なに、人間?」
雄彦は眉尻をつりあげた。
「――『猪なら一匹、鶏なら三羽……それが無理なら、人間を寄越せ』と鵺神様が仰せで」
おびえた夫に代わり、妻が言葉を継ぐ。
「莫迦なっ……」
雄彦はその返答に唖然となった。八重も同様の心持ちだ。
「もう、村中の鶏は供物として捧げちまった。猪なんて、そうそう捕れるもんじゃねぇ――それでついに人間を供物にすることになっちまって、籤(くじ)で決めることになって」
「――この人が、印のついた籤を引いてしまって。男手は村に必要だから、女人が供物になるべしと名主様のお達しがあって……」
夫婦は苦渋の顔を浮かべている。
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