斬奸剣、兄妹恋路の闇(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 百姓らしき男が両手を前に突き出して、つんのめるような姿勢で突進してきたのだ。
 とっさに雄彦は差料の柄に手をかけた――が、対手が素手、しかも百姓らしいと見てとって抜くのを止める。
 ――その瞬間には、対手との距離が三尺以下にまで縮まっていた。が、雄彦の顔に焦りの色はない。伸ばされた腕を取り体をさばきつつ、流れるような動きで手首と肘を極(き)めてしまう。そのまま、対手を地面へとねじ伏せた。
 立身流兵法には俰(やわら)の技も含まれる。それで敵を制したのだ。
「痛(いて)、ててて、て、てて――!」
 襲撃者の男が大げさに悲鳴をあげる。
 ――その眼前に回り込んだ八重は、抜き放った小太刀の切っ先を向けた。
「――っ!?」
 男は息を呑んで、悲鳴をもらすのも忘れる。
「兄上への、かかる狼藉許しません」
 八重は半分以上本気の心持ちで告げた。
 それを聞いた男の顔がみるみる蒼白になっていく――
「止めぬか、八重」
 雄彦が困った顔をする。妹の憤激ぶりを前に、戦いの高揚が霧散したらしい。
「あ、あんた!」
 そこへ、孤影が駆け込んできた。その正体は若い農婦だ。
「お侍様、失礼しました。けど、これには訳が……」
 とりあえず夫が無事であることを認めた男の妻は、雄彦の顔を見つめて訴える。
「訳を聞かせてもらおう」

 ――ということで、今に至るのだ。
「し、信じられねえかもしれねえけど、怒らないで聞いてくださせぇ」
 そう前置きして、やっと百姓は事情を語りはじめる。
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