斬奸剣、兄妹恋路の闇(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 刹那、猿の顔におびえが刷かれる。同時に、甲高い声で鳴きながら妹に迫った。
 是非もない――雄彦は反射的に動いていた。手にしていた竿を頭上で旋回させ、遠心力に乗せて一撃を送り出す。
 ――豪撃(こわうち)、立身流兵法の理合にのっとった強打が猿の身体を捉えた。同時に竿が折れる。
 猿は眼を向いて悲鳴をもらした。衝撃でそらされた軌道の方向に向かって疾駆、そのまま逃げ出した。
(よかった……)
 その元気な逃げっぷりに、雄彦は安堵の息を吐く。八重に大事がなかったことはもちろん幸いだったが、猿が傷を負わなかったこともほっとした。対手には悪意はなかった――ただ、恐ろしさから条件反射で襲いかかってきたのだ。だから、できることなら負傷させたくなかった。
「八重、大事ないか?」
 雄彦はあらためて妹に声をかける。
 八重は瞠目して固まっていたが、兄に話しかけられた瞬間、顔をくしゃくしゃに歪める。
「あ、兄上ぇ……」
 と涙声をもらすや、泣き出してしまった。
 はぁ――暗澹としながらも、雄彦は妹をなだめる。
(これで今日の釣りは仕舞いだな……)
 妹のことが恨めしくも思えるが、泣きじゃくっている妹にそんな言葉を告げられるほど鬼にはなれない。
 しかたなく、妹を引きつれて家路についた。
 ――だが、森の中を歩いてそう経たないうちに、
「兄上、疲れた……」
 と湿り気の残った声で八重が訴える。心細さからか、手の触れ合う距離を歩いていたが、それでもなお、恐怖を払拭できなかったらしい。疲れるというほどにまだ移動していないから、兄への甘いから出てきた一言だ。
 ……ッ、と胸のうちにこみあげてくるものがある。
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