斬奸剣、兄妹恋路の闇(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 この頃、起きると誰もいないことがよくある。

 人の身体ならできることはいっぱいあるけど、この身体だとやることは限られてくる。今は書類のチェックが取り急ぎの仕事だ。
 魔具に記録したものを見るのはトカゲの姿では難しいので、みんなに数枚原本を持ってきてもらっている。でも大きな紙の上にのって一文字ずつ追っていくのはなかなか骨が折れる作業で、すぐに嫌になってしまう。イヤイヤやるから進まないし、休憩を入れれば寝てしまう。
 目を覚ませば誰もいなくて、つまらないからまた眠ってしまう。そんな繰り返しだ。
 みんなどこ行っちゃったんだろう?
 と、またうつらうつらしていたようだ。

 けれど、音がしたような気がして。寝床にしている袋から出ると辺りは薄暗くなっていた。残念、もふさまたちが帰ってきた音ではなかったみたい。
 大きくあくびをして、視線を感じ振り返ると、ぎゃーーーー、緑色に光る目!

 ほへっ?

「なーーーーー」

 猫ちゃん?
 猫ちゃんがひと鳴きした。
 けど、若干困っているような響き。
 動かないし……と、よくよく観察してみると、わたしたちが出入り口にしている穴から入ろうとして、なんとか顔が入ったものの、体がつかえてにっちもさっちもいかなくなった状態のようだ。
 猫ちゃんは恨みがましい視線をわたしに向ける。
 いや、わたしがやったわけじゃないよね……?

「なー、なーー」

 情けない声をあげながら、ジタバタしていて気の毒だ。

「こっちから押してみる。自由になった途端、わたしをガブっとしないでよね」

 言葉が通じるとは思わなかったけれど、一応言っておく。
 そして、猫ちゃんの顔を押してみた。
 耳がつかえているのか。わたしは猫ちゃんの顔によじ登って耳を倒すようにして、足で猫ちゃんの顔を後ろに押した。
 あ、ちょっと動いた。
 よし、反対の耳も……。

 ごめんと思いながら、ミチミチと顔の上を移動する。
 よいしょっと。耳を折りたたんで、空いているのは足しかないので足でぐいぐい顔を押し出すようにする。

 動いた! 顔を引っ込められると、わたしは床に落ちた。
 この身体だと〝落ち〟てもあまりダメージがない。
 ふぅと息をつくと、猫に咥えられた。
 助けたのにそれはない! あれ、けど痛くない。
 猫は子猫を運ぶときのように、わたしを器用に咥えているだけだ。

「ちょっと、おろして。わたし部屋から出ちゃいけないんだってば」

「なーご」

 わたしを口にしたまま、器用に喉をゴロゴロ鳴らしている。
 わたしに助けられたのがわかっている感じだ。

 気まぐれに建物の中を歩き回り、見たことのない初めての場所にたどり着いた。

「ちょっと、わたしここ知らない場所なんだけど」

「なーご」

 猫ちゃんはわたしを床におろすと、自分の顔のお手入れを始めた。
 うーーむ。
 2階のどこかだ。

「にゃっ」

 廊下の先を見ている。移動しそうと思って、わたしは首ねっこに捕まった。毛が長いので完全に埋もれてしまう。
 猫ちゃんはわたしを連れて、すんすん楽しげに歩いていく。

「なーご」

 部屋の中に入った。

「なーなー」

 嬉しそうに鳴いている。
 目の前に大きな袋があった。猫ちゃんはその中に入ろうとしている。
 中になんかいいものでもあるの?
 いや、そんなことはなかった。猫ちゃんは袋の中におさまると満足そうに腰を落ち着ける。

「え、出ないの?」

 あ、あれか。箱とか袋に入らずにはいられない、あれね。

「じゃあ、わたし先帰るよ」

 と、袋の内側を伝って出ようとすると重みで内側にしなだれ、余計に出口が塞がってしまった。
 誰かが開けてくれないと、出られないじゃないか。
 ……これは猫ちゃんの首につかまっている方が安全かもしれない。
 みんなに心配かけちゃうね。
 どうにかして早く戻らないとと思いながら、猫ちゃんの毛のふわふわのベッドにおさまっているうちに、わたしはまたしても眠ってしまったのである。





「ね、猫ぉーーー?」

 驚いたような声が上がり、目を覚ました猫ちゃんは
「なーん」と鳴いた。
 わたしも目をパチっと開いた。
 誰かが袋を開けたみたいだ。明るい。

「どうした?」

 別の声。

「荷物の中に猫がいた」

 猫ちゃんは持ち上げられている。されるがままだ。
 あれ、さっきまでいた部屋と様子が違う。

「農場から連れてきちまったのか? あー、そーいやー、なんか出たから猫放したつってたなー」

 農場から連れてきた? ってことはここは農場ではないってこと?




おまけーーーーーーーその頃のベース
『リディアはまだ眠っているのか』
「あの姿になってから、よく眠るようになったでち」
『一昨日は2日眠ってたもんなー。それに気づいてもないし』
『あったかくなったら鍛えてやらないと! あんなちんたら外で過ごしてたら、リーはすぐに食べられちゃうよ』
『……そうだな。魔法も使えないようだし。我らがいつも一緒にいるとも限らないしな』
『特訓かー、それは楽しそうだ!』
 袋が膨らんでいたので、リディアの不在に誰も気づいていないのであった……。

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