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 酒宴が始まってから一刻(約二時間)が経っている。
 ――そこには地獄絵図が広がっていた。
 累々と、酔いつぶれた村の顔役たちが床の上に転がっている。
 この状況の原因は八重にあった。
 酒を初めて口にする妹は早々に酔いがまわった――肌は茹蛸を思わせる色に染まり、眼がとろんとして焦点がさだまらない。
 が、ここで潰れてくれれば大事はなかったのだ。
 ところが、あろうことか八重は酒宴の他の面々に呑み比べを迫った。
 最初は村人も断っていたが、彼らにしても酔いはまわっている。そのうちに、勝負を受けてたってしまった。
 酔漢は性質(たち)が悪い……雄彦の制止になど耳を貸さない。
 そうして酒を呑んでは、底なしの八重に敗れ次々と男たちは床に沈んでいった。
 そして、最後に残ったひとり――雄彦も潰れてはいないが、さすがに酔っているといってもそこは妹、兄に勝負を挑んではこなかった――名主が、今まさに八重と勝負をくり広げていた。
「まだ、まだぁ。まだ、まだぁ!」
 八重は奇声をあげなら、盃の酒をぐいぐい呑み干す。
(ああ、父上、母上……あなたがたの娘は、はしたない女性(にょしょう)に成り果ててしまいました)
 ――雄彦は胸のうちで幾度もくり返してきた嘆きをまたもらした。
「さ、さすがは武家のご息女。お強く、あられる……」
 名主は顔を青くしながらもそれに応じていた。――ただし、よくみれば酒の大半を服に飲ませている。つまり勝負の上ではずるをしているのだ。
 だが、酔っ払った八重はそんなことにも気づかない。
 兄の雄彦としても、万が一妹が勝ってしまって己に呑み比べの勝負を挑んできたらと思うと気が気ではなく、名主の反則行為を無言で見逃していた。
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