斬奸剣、兄妹恋路の闇(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 ――文化二年(一八〇五)六月に八州取締出役(はっしゅうとりしまりでやく)が設けられる以前、武州(現東京都、埼玉県、神奈川県北東部)には統一的な警察機構が存在せず、きわめて治安が悪かった。江戸時代も後期になると素行不良で村にいられなくなった末に共同体を脱し、無宿人となる者が出てきた。無宿人は徒党を組み博打を生業として、賭場を開き農民を“かも”とする。
 一方、江戸時代の村落共同体では独自の村掟(むらおきて)のもとに盗みや博打などの諸犯罪を取り締まり、罪を犯した者を裁いていた。独自の法にもとづいて警察権と裁判権を行使することが認められていたのだ。それを担う警備要員が村々の公費で雇われた番太だ。
 しかし、長脇差で武装し徒党を組む無宿人に対し、番太のひとりやふたりで抗し切れるものではない。そこで雄彦が生業として思いついたのが、さすらい番太だ。日用雇稼(ひようかせぎ)のように一時的に雇われ村の用心棒を請け負う。
「……神妙にしなければ、お命頂戴いたす」
 雄彦は声を低めて告げる。 
「痩せ侍が抜かしやがって!」
 警告の言葉に、無宿人のひとりが早くも激した。叫び様に長脇差を脇に抱え込むようにして突進してくる。無宿人は酒を呑んでいたらしく一様に顔が紅い。こちらの親切から出た台詞も聞く耳を持たなかった。
 抜刀一閃、光が円弧を描いて宙を奔(はし)った。その軌道に身をさらした無宿人が肩口から先を切り飛ばされる――一拍遅れて、思い出したように傷口から血が噴き出した。
「あ、あ、あ、う、腕がっ……」
 唖然とした表情で腕を失った無宿人は己の肩の辺りを凝視する。当人の目の前には、長脇差を握ったままの腕が落ちていた。
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