引きこもり侍始末(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

文字の大きさ
上 下
155 / 163

155

しおりを挟む
「筒籠手で斬撃を防いだか、戦国乱世にはさような手で軍立場を駆けまわった者もおったというが。面白い」
 こちらが袖の下に隠していた筒籠手を衣装の破れ目から目の当たりにし権之助が楽しげな笑みを浮かべた。
 が、その顔がすぐにけわしいものに転じる。
「だが、なにゆえに大刀を持参しなかった」
「当家は内証が苦しくてな、用意できなんだ」
 宗左衛門の軽口に相手の双眸が殺気に爛と輝いた。
「というのは冗談だ。空拳仕置き人の流儀にしたがい、徒手空拳でもって打ち倒すことで貴様に最大の恥辱を与える」
「恥をさらすのは貴様だ、おれを軽く見たことをあの世で悔いろ」
 権之助は怒りを刀身にこめるようにして長剣を構える。腰を低く落とし、両の手を股下にまで落とした。左ひじをのばすことで切っ先を立たせる。
 とたん、剣尖が宙を走った。
 まるで槍だ。間合いが――辛うじて切先を躱しながら宗左衛門は思う。
 直後、権之助は得物を引きもどして横なぎの一閃を送ってきた。
「さすがに忍び働きで持ち歩くことは叶わぬが、ここでの戦いなら存分にふるうことができる」
 敵の声が興奮にはずむ。
 それに応じる余裕は宗左衛門にはなかった。一瞬のことで斬撃を後ろに退いて避けることなどかなうはずもない、その場に倒れ込むことで間一髪避ける。
 最初に相手の得物を目の当たりにしたとき、「あんなものを満足にふるうことができるのか」と疑いを持ったがそれが間違いだと思い知らされた。人間は身体操作を極めれば想像を越えた技を可能にする。
 万全を期して先祖伝来の骨董品を引っ張り出してきたが、その用意ではおぼつかないほどのものを敵は隠していた。
 立てつづけに襲ってくる刺突や斬撃を躱し、受け流しながらもその衝撃に腕がしびれるのに宗左衛門の表情が歪んだ。よほどの業物なのか、あるいは長大であるためか通常ならひしゃげるあるいは折れることすらある筒籠手との衝突にも長剣はびくともしない。
 額に脂汗を浮かせながら、宗左衛門は綱渡りの攻防をつづける。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――

直刀の誓い――戦国唐人軍記(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)倭寇が明の女性(にょしょう)を犯した末に生まれた子供たちが存在した……  彼らは家族や集落の子供たちから虐(しいた)げられる辛い暮らしを送っていた。だが、兵法者の師を得たことで彼らの運命は変わる――悪童を蹴散らし、大人さえも恐れないようになる。  そして、師の疾走と漂流してきた倭寇との出会いなどを経て、彼らは日の本を目指すことを決める。武の極みを目指す、直刀(チータオ)の誓いのもと。

切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)暦道を司る賀茂の裔として生まれ、暦を独自に研究していた勘解由小路在昌(かげゆこうじあきまさ)。彼は現在(いま)の暦に対し不満を抱き、新たな知識を求めて耶蘇教へ入信するなどしていた。だが、些細なことから法華宗門と諍いを起こし、京を出奔しなければならなくなる。この折、知己となっていた織田信長、彼に仕える透波に助けられた。その後、耶蘇教が根を張る豊後へと向かう――

忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)藩の忍びだった小平治と仲間たち、彼らは江戸の裏長屋に住まう身となっていた。藩が改易にあい、食い扶持を求めて江戸に出たのだ。 が、それまで忍びとして生きていた者がそうそう次の仕事など見つけられるはずもない。 そんな小平治は、大店の主とひょんなことから懇意になり、藩の忍び一同で雇われて仕事をこなす忍びの口入れ屋を稼業とすることになる――

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

処理中です...