125 / 163
125
しおりを挟む
けれど、彼女は信じている。兄上が助けに来てくれる――。
兄とあき、共にまだまだ幼かったころ。背丈が大人の腰にもとどかない時分。
父が登城していて不在の折、庭で一人遊びをしていたあきの前に突如として一匹の日本猿が姿を現した。あとで聞いたところによると、未熟な猿廻しが猿を逃がしてしまったということだ。
躾がまったくなっていなかったために、人に対しても容赦なく牙を剥く。
当然、あきもその対象となった。日本猿は鋭い犬歯をこちらに見せて耳障りな鳴き声をあげる。
「や」悲鳴すらもらすことがかなわない。
父に家伝の兵法、紫雲流拳法を伝授されていてもまだ心構えというものがまったくできていなかった。
ために、ただただ恐怖に支配され身体が動かなくなっている。
そんな彼女の胸中を獣は敏感に感じ取った。
こいつは自分に完全に恐怖している――そう判じた日本猿はあきに向かって飛びかかった。
刹那、孤影がその間に割り込む。突き抜ける重い打撃音。同時に日本猿はあさっての方向に吹き飛ばされた。
甲高い悲鳴をあげ、獣は体勢を立て直し周囲に視線を走らせて状況を確認する。
猿と同時にあきも気づいた。ひとりの男児、宗左衛門の姿に。
「妹に、あきに手を出すな」
年齢に不釣合いな鋭い眼光で彼は日本猿を威圧する。
兄とあき、共にまだまだ幼かったころ。背丈が大人の腰にもとどかない時分。
父が登城していて不在の折、庭で一人遊びをしていたあきの前に突如として一匹の日本猿が姿を現した。あとで聞いたところによると、未熟な猿廻しが猿を逃がしてしまったということだ。
躾がまったくなっていなかったために、人に対しても容赦なく牙を剥く。
当然、あきもその対象となった。日本猿は鋭い犬歯をこちらに見せて耳障りな鳴き声をあげる。
「や」悲鳴すらもらすことがかなわない。
父に家伝の兵法、紫雲流拳法を伝授されていてもまだ心構えというものがまったくできていなかった。
ために、ただただ恐怖に支配され身体が動かなくなっている。
そんな彼女の胸中を獣は敏感に感じ取った。
こいつは自分に完全に恐怖している――そう判じた日本猿はあきに向かって飛びかかった。
刹那、孤影がその間に割り込む。突き抜ける重い打撃音。同時に日本猿はあさっての方向に吹き飛ばされた。
甲高い悲鳴をあげ、獣は体勢を立て直し周囲に視線を走らせて状況を確認する。
猿と同時にあきも気づいた。ひとりの男児、宗左衛門の姿に。
「妹に、あきに手を出すな」
年齢に不釣合いな鋭い眼光で彼は日本猿を威圧する。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――

直刀の誓い――戦国唐人軍記(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)倭寇が明の女性(にょしょう)を犯した末に生まれた子供たちが存在した……
彼らは家族や集落の子供たちから虐(しいた)げられる辛い暮らしを送っていた。だが、兵法者の師を得たことで彼らの運命は変わる――悪童を蹴散らし、大人さえも恐れないようになる。
そして、師の疾走と漂流してきた倭寇との出会いなどを経て、彼らは日の本を目指すことを決める。武の極みを目指す、直刀(チータオ)の誓いのもと。

切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)暦道を司る賀茂の裔として生まれ、暦を独自に研究していた勘解由小路在昌(かげゆこうじあきまさ)。彼は現在(いま)の暦に対し不満を抱き、新たな知識を求めて耶蘇教へ入信するなどしていた。だが、些細なことから法華宗門と諍いを起こし、京を出奔しなければならなくなる。この折、知己となっていた織田信長、彼に仕える透波に助けられた。その後、耶蘇教が根を張る豊後へと向かう――

忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)藩の忍びだった小平治と仲間たち、彼らは江戸の裏長屋に住まう身となっていた。藩が改易にあい、食い扶持を求めて江戸に出たのだ。
が、それまで忍びとして生きていた者がそうそう次の仕事など見つけられるはずもない。
そんな小平治は、大店の主とひょんなことから懇意になり、藩の忍び一同で雇われて仕事をこなす忍びの口入れ屋を稼業とすることになる――

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。

蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる