引きこもり侍始末(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 けれど、彼女は信じている。兄上が助けに来てくれる――。

 兄とあき、共にまだまだ幼かったころ。背丈が大人の腰にもとどかない時分。
 父が登城していて不在の折、庭で一人遊びをしていたあきの前に突如として一匹の日本猿が姿を現した。あとで聞いたところによると、未熟な猿廻しが猿を逃がしてしまったということだ。
 躾がまったくなっていなかったために、人に対しても容赦なく牙を剥く。
 当然、あきもその対象となった。日本猿は鋭い犬歯をこちらに見せて耳障りな鳴き声をあげる。
「や」悲鳴すらもらすことがかなわない。
 父に家伝の兵法、紫雲流拳法を伝授されていてもまだ心構えというものがまったくできていなかった。
 ために、ただただ恐怖に支配され身体が動かなくなっている。
 そんな彼女の胸中を獣は敏感に感じ取った。
 こいつは自分に完全に恐怖している――そう判じた日本猿はあきに向かって飛びかかった。
 刹那、孤影がその間に割り込む。突き抜ける重い打撃音。同時に日本猿はあさっての方向に吹き飛ばされた。
 甲高い悲鳴をあげ、獣は体勢を立て直し周囲に視線を走らせて状況を確認する。
 猿と同時にあきも気づいた。ひとりの男児、宗左衛門の姿に。
「妹に、あきに手を出すな」
 年齢に不釣合いな鋭い眼光で彼は日本猿を威圧する。
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