上 下
64 / 163

64

しおりを挟む
 が、その表情が次の瞬間、こわばることになる。
 電光石火の早業で与助が脇差をふりかぶるや投じたのだ。腕のまっすぐな軌道と手離れの早さによって得物の前方回転をおさえた見事な投擲。
 だが、その一撃を侍はなんとか受け流した。
 手裏剣は削闘剣ともいい、一撃必殺ではなくあくまで負傷によって相手の実力を削ぐことに目的がある。傷を負わせること自体がむずかしいのだ。
 しかし、攻撃を防いだことに安堵する時間は相手には与えられない。
 縮地、重心操作と巧みな身体操作によって与助は敵へと肉薄していた。迅速な拳打。相手のひじを打つや、血にまみれたほうの手で左腕をとらえる。さらに顎へと一撃。
 相手が倒れる前に、脇差を腰元から抜き放ち一閃を送る。
 喉を裂かれた侍は悲鳴もあげられずに絶命した。
 残心を終えた与助は、ふり返りこちらを見やる。その顔に「しまった」とでもいいたげな色が浮かんだ。そして痛ましげな顔をして近づいてきて告げる。
「見るべきでないものを見せてしまった」
 とわは無言で首を左右にふった。兵法家として大事な手の指を失い、なおかつそれでも自分を守るために戦ってくれたのだ。その事実に胸が詰まり、またも言葉が出てこなくなってきている。
「幼いそなたのなぐさめにはならぬかもしれぬが、仇のひとりは討った」
「あ、りがと、う、存じ、まする」
 昏い口調で言葉をかさねる与助に、声を詰まらせながらもとわは必死に礼の言葉をつむいだ。
 そんな彼女を、与助は脇差を脇に捨てて肩ひざをつくやこちらを抱き寄せる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

坊主女子:学園青春短編集【短編集】

S.H.L
青春
坊主女子の学園もの青春ストーリーを集めた短編集です。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――

処理中です...