引きこもり侍始末(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

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　幼いとわは風邪をひき熱を出していたせいで大事をとって留守番をしている。やさしくしてくれる祖父母に会いたかった。その思いが裏返しになって、出かける母に向かって、
「なにゆえ、母上はわたしにいじわるをなさるのですか」
　などと憎まれ口を叩いてしまった。
　それが最後に顔を見たときの言葉になってしまい、とわは深く後悔している。もし、母と離れ離れになることがわかっていればあんなせりふ、口を裂かれたとしても発しなかったというのに。
　だが、現実というのは人の望むようには進まない。
　下城の刻限となったところで、人が屋敷にたずねてきたのが応対に下女が出て行くのでわかった。
　そう間を置かずして、夜具のなかでおとなしくしていたとわのもとに血相を変えた若き日――三〇代の与助が姿を現す。
「いかがされました、中村様」
　父と朋友で時おりたずねてきては、稲荷寿司や団子などをくれる彼にとはひどくなついていた。訪問をうれしく思ったけれど、その面に刷かれている凄愴な表情に戸惑いを隠せない。
「ここにいては命が危うい、ついて来なされ」
　与助は子供である侮りのいっさい含まれない誠心誠意の声で訴えた。
「中村様、困ります。勝手にとわ様を連れ出されては」
　ふり切られたのか、困惑顔で駆けつけた下女が今の彼の言葉を聞きつけてさらに困惑を深くしていう。
「許しを得たくとも、主の平馬はもはやこの世におらぬのだ」
「なにをおっしゃられます、中村様」
「藩政を私せんとする奸物の謀によって果てたのだ」
　目を剥く下女に、かぶせるようにして与助は告げた。
　父が、果てた――見えない大人の手で思い切りほおを張られたような心地をとわは感じる。