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「うぬは何者だ」
殺気を隠そうともしなくなった相手に彼女は低い声で詰問した。
「過日に、貴様に兄の命を奪われた者だ」
「兄?」
「とぼけるな。我らが務めを邪魔するばかりでなく、ようも朋輩に手を出してくれたな」
あきの怪訝な声に虚無僧は怒りを爆発させる。
それに呼応するように、視界に入る路地の曲り角や彼方から無数の影が駆け寄ってきた。その正体は犬だ。大小、色も様々な四足獣たちが疾駆してくる。あっという間に虚無僧とこちらを分断し、取囲んだ。
「我が獣遁でもって貴様に報いを受けさせてやるわ。頭は手を出すななどと仰せだが、仇を討たずにいることなどできるか」
怒鳴るや、「金剛鈷、けしかけろ」と命じる。それに応じ、例の犬は一声吠えた。
右の掌底、左の手刀、を瞬間的につづけてくり出す。
迅影を化して飛びかかってきた二匹の犬の顎、頭蓋を左右の攻撃がとらえ、畜生の意識を混濁させた。
だが、それがまだ小手調べでしかないことは明白だ。
猛犬たちの唸り声は、万の蝿が発生させる羽音のごとく鼓膜にまとわりついて離れない。剥き出しにされた黄色い牙は、雪国の軒先に連なる氷柱のように膨大な数にあきの目には映っていた。
こちらの死角を探ろうと包囲の形を保ちながも、犬たちは少しずつ位置を変える。
死――あきはその予感を強くおぼえずにはいられなかった。
たかが畜生の群れと目の前の光景を笑うことはできない。
それでも、彼女はあきらめる気はなかった。
父が殺され、母も流行り病でこの世を去った。理不尽だと思う。そして、そんな不条理に対し彼女は憎しみにさえ近い感情を持っている。
だから、邪曲(じゃきょく)に対しひざを折るつもりなど毛頭なかった。
それにあの兄を残して死ぬことなど心配でできるはずもない。
殺気を隠そうともしなくなった相手に彼女は低い声で詰問した。
「過日に、貴様に兄の命を奪われた者だ」
「兄?」
「とぼけるな。我らが務めを邪魔するばかりでなく、ようも朋輩に手を出してくれたな」
あきの怪訝な声に虚無僧は怒りを爆発させる。
それに呼応するように、視界に入る路地の曲り角や彼方から無数の影が駆け寄ってきた。その正体は犬だ。大小、色も様々な四足獣たちが疾駆してくる。あっという間に虚無僧とこちらを分断し、取囲んだ。
「我が獣遁でもって貴様に報いを受けさせてやるわ。頭は手を出すななどと仰せだが、仇を討たずにいることなどできるか」
怒鳴るや、「金剛鈷、けしかけろ」と命じる。それに応じ、例の犬は一声吠えた。
右の掌底、左の手刀、を瞬間的につづけてくり出す。
迅影を化して飛びかかってきた二匹の犬の顎、頭蓋を左右の攻撃がとらえ、畜生の意識を混濁させた。
だが、それがまだ小手調べでしかないことは明白だ。
猛犬たちの唸り声は、万の蝿が発生させる羽音のごとく鼓膜にまとわりついて離れない。剥き出しにされた黄色い牙は、雪国の軒先に連なる氷柱のように膨大な数にあきの目には映っていた。
こちらの死角を探ろうと包囲の形を保ちながも、犬たちは少しずつ位置を変える。
死――あきはその予感を強くおぼえずにはいられなかった。
たかが畜生の群れと目の前の光景を笑うことはできない。
それでも、彼女はあきらめる気はなかった。
父が殺され、母も流行り病でこの世を去った。理不尽だと思う。そして、そんな不条理に対し彼女は憎しみにさえ近い感情を持っている。
だから、邪曲(じゃきょく)に対しひざを折るつもりなど毛頭なかった。
それにあの兄を残して死ぬことなど心配でできるはずもない。
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