引きこもり侍始末(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「与助は養父で、わたしの実の父は侍として、とある小国の大名に仕え目付として出仕していた」
 なるほど、と宗左衛門は得心がいった父のことを“父上”と呼ぶところなど端々にその片鱗は見えていた。
「そんな父はお家騒動に巻き込まれ命を落とした。わたしは養父に連れ出してもらったことで命を拾った」
 未だに父の死は悲しいのだろう、とわのまつ毛は小刻みにふるえる。
「養父がわたしを救ってくれたように、人を救いたいの。理不尽に父を殺され泣いた幼いころのわたしのような者の役に立ちたい」
「それゆえに、命をかけるのか」
「はい」宗左衛門の問いかけに、とわは一片の迷いもなくうなずいてみせた。そんな彼女の言動に、宗左衛門は崇敬の念に近いものをおぼえる。
「でもね、わたしは命を粗末にしているわけじゃない。だって、死んでしまった養父が、父上が悲しむから」
 そう言葉をかさねるとわの瞳に物言いたげな色がやどった。
「あんただって、死んだら悲しむ人はいる。妹御が兄であるあんたを大切に思っているのは目を見ればわかった。わたしといっしょにいたときに怒ったのは、家名を汚すからではなく、大事な兄が捨て鉢な行為に走ったと思ったから」
 それがしが死ぬとあきが悲しむ――彼女の告げた事実に宗左衛門は動揺した。
 そんなふうに考えたことなど一度もなかったのだ。むしろ、清々するだろうと考えていた。
「さにあらず」
 宗左衛門は息苦しさをおぼえ、その言葉を口にする。もし、妹がそんな心持ちでいたとすれば、不甲斐ない兄としてどれだけあきのことを苦しめてきたことか――そんな思いに駆られたのだ。
 そんなこちらに対し、とわはそれ以上なにかを告げようとはしなかった。
 が、居心地の悪い空気が両者の間に醸造されている。
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