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「てめえは、おれから十手を奪っただろう」
「ああ」憎々しげな顔を向ける男に対し、とわは“思い出した”という表情を見せる。
「町娘に手を出そうとしていて、気に入らないからわたしが懲らしめた腰抜け岡っ引」
「誰が腰抜けだ、この野郎」
 一片の悪意のない表情で毒を吐くとわに対し、岡っ引だという男は両目を剥いて怒鳴る。このやり取りを目の当たりにし、宗左衛門は今度は含み笑いをもらした。
「だから、笑うなっていってんだろ」
 またも怒声をあびせられ、宗左衛門は反射的に表情を消す。
「おれ様の十手を返しやがれ」
 鼻息荒く視線をとわにふたたび移し岡っ引はやっと用件を口にした。
 怒鳴り声をあげるせいでやじ馬が集まり始めていた。それに気づいて宗左衛門は胃の辺りに不快感をおぼえた。
 まったく、この娘にかかわったばかりに――そうは思うのだが、背を向けて逃げ出すという気にもなれない。胸のうちに巣食っている投げやりな性がどうにも危機感を打ち消してしまうのだ。
 そんな宗左衛門の前でとわと岡っ引のやり取りが進む。
「川に捨てたから持ってないわ」
「なにぃ」
 彼女の返答に岡っ引が信じられないものを耳にした顔になった。
 十手というのは同心であれば袱紗につつむか十手袋に入れて携帯し、岡っ引も袋には入れないが懐にしまって大事に扱っている。同心や与力であれば失くしたとなれば懲戒免職もありうるという代物であり、岡っ引であっても紛失したとなれば一大事だ。
 不逞を働いているところを見咎められて争いになり、十手を取り上げられた上に川に投げ捨てられたとなれば立場がない、だから相手は呆然となっている。
 が、やがて精神的な衝撃を怒りが焼き尽したらしく、岡っ引の目に意思の光がもどった。
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