引きこもり侍始末(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「う、うむ」
 肯定とも否定ともとれる調子の声で宗左衛門は応じた。
 嘘をつく度胸はないが、さりとて妹の誤解を解くせりふを否む言葉を口にするのもまた嫌だったのだ。
「それでは、これで」
 娘は頭をさげてその場を去る。
 その直前、宗左衛門とすれ違いざまに「これは貸し、ということで」と背筋が寒くなるせりふを吐いて消えていった。
 やられた、と呆然と彼女を見送った宗左衛門に、
「とにかく、当家の主である者がうろんな件に巻き込まれてもらっては困ります。これも、兄上がかような刻限に出歩くためですよ」
 まだ怒りのおさまらないらしいあきが小言と口にする。
「すまぬ」
「わ、わかればよろしいのです」
 上の空のせいで素直に謝った宗左衛門に対し、いつもならありえない反応に妹は戸惑いをあらわにした。
 それから宗左衛門は屋敷の居間で妹と共におそろしく遅い夕餉をとる。
 といっても、箸を手に取ったのは宗左衛門だけだ。当然だが、あきはとうの昔に食事を済ませている。
 武士の家では食事や着替えの手伝いをはじめ、月代を剃ったり、髪をゆったりすることなど、主人の身のまわりの世話や家事はほとんど男の仕事だった。が、他人の目を恐れる宗左衛門の“病”があるため、屋敷に余人を置けず結果的に兄と妹はそれらを分担してこなすこととなっている。
 今宵も、宗左衛門は妹の作った夕餉にありついた。飯に、汁に、野菜の煮物で今日は上等な部類だ。下級の武士は飯に汁や漬物、または茶漬のみという日も珍しくない。ただし、食事は美味くない。味の問題ではなく、原因はあきにあった。
「朋輩の望月様の娘御が、ついに嫁に行くこととなったということでございます、兄上」
 毎度毎度、愚痴に付き合わされるのだ。
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