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 あきらめた……? 必死の形相から転じたのは諦念の表情だ。すばやく立ち上がったと思ったら、若造の顔つきがふぬけたものになっている。
 見事に攻撃を躱してみせたというのにか、と権之助は得心がいかない。確かに修羅場を踏んだ数などもあり、最終的に軍配はこちらにあがる公算が高かった。だが、勝てる見込みがまったくないわけではなく、また隙を見て逃げることも不可能ではない。
 それと捨てただと、権之助は胸のうちでやや不機嫌に吐き捨てる。
 敵と目される相手のことではあるが、それと別次元で気に入らなかった。
 されば、望み通りにしてやる――権之助は次の一撃を送りつけようと隠剣に剣をとる。

       ● ● ●

 その来歴は謎に包まれた開祖・伊藤一刀斎によって創始された一刀流。「一刀は万刀と化し、万刀は一刀に帰する」と謳われる流儀で、一刀斎の弟子である小野次郎衛門忠常とその息子の忠明によって継承され、彼らは徳川二代将軍秀忠、三代家光の剣術師範にそれぞれ任じられた。形だけに終わらない苛烈な修行を課して両者は疎まれたが、剣術をあくまでも実戦を制するための技以外に他ならないと定義していた彼らの剛直な姿勢は終生変わらなかった。
 ――その一刀流の流れを汲む使い手であると、宗左衛門は上段霞からの一連の敵の動きを見て短時間のうちに見抜いていた。様々な流儀の太刀筋を父によって叩き込まれているがゆえの看破だ。
 二の太刀、三の太刀も辛くも躱し、ひざによる攻撃もかろうじて直撃は避けた。
 だが、この段階になると宗左衛門の心をひとつの思いが支配している。
 もう、よいではないか、という考えだ。
 上段霞になって相手があびせてきた凄絶な剣気に、彼の胸のうちにわいていた怒りは吹雪のさなかの風をあびた肌のごとく熱を失っていた。
 宗左衛門はあきらめることが習いとなっているのだ。
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