【改稿】剣鬼の牙が抜けるとき(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 夜、まだ深くはない刻限だった。
 ほとんど同時に母子は喉を裂かれて転がる。母は元より病により床(とこ)にあり、怯えた少年が屋内に声も出せずに後ずさりした。
 こちらの殺気に気づいたか、ようすがおかしいと思ったか。
 どちらでもよい。この者たちは、地下御前試合のことを奉行所に届けるという愚かな所業に及んだのだ。それも、子どものほうは「仇討だ」と襲ってきたのを見逃してやったというのにもかかわらず。
 偶然、賂(まいない)を受け取っている同心が話を聞いたためよかったが、もしもそうでない者が言葉を交わしていたら面倒になるかもしれなかったのだ。
「そんなことになってたまるか」
 灰色の景色のなか、あの暗黒だけがおのれの人生において輝きを放っている。血が沸き立ち、体が熱く熱く熱くなるのだ、それを不意になどされてたまるか。
 さあ、今日は話に聞いていた“あやつ”との立ち合いの日だ。俺は待ち焦がれていた瞬間に気が逸る思いと期待が入り混じった思いを抱いて、懐紙で刀身の血を拭い納刀してその場をあとにする。

 が、四半刻と経たずして俺は窮地に立たされた。地下御前試合の場に、「町方の捕方が参ってございます、みなみなさま」という声がひびいたのだ。「しかも、目付なども動いておるとか」という声がつづいた。これで、武士、町人の別なく捕まるということになった。
 どうする、という動揺する慮外者を尻目に判断の早い者は地上へ向けて走る。俺もまたそのひとりだった。
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