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「上総介様に目通りしていたようだが」
 意味ありげな声色で言葉をかさねる。
「忘れるな、上総介様のお側につく陰陽師はこちがいれば事足りる」
 有脩の恫喝に、在昌はむかっ腹を立てた。友を失ったばかりだというのにしょうもない“欲”を見せつけられ、反吐が出そうなほどに気分が悪い。
 少し脅しをかけられた程度で軟弱な公家の脅迫など誰が聞くか、そんな罵詈を口にしかけたところで脳裏にひらめくものがあった。
「本願寺の者に『公家の間者が現われる』と吹聴したのは御前か」
「透波をこちのもとへ遣わしておいて、なにを白々しい」
 有脩は憎々しげな声で応じる。
 透波――在昌に思い当たる節はない。仁右衛門は、大坂の近くをおとずれてからはほとんど間近にひかえていた。
 ハッとそこでひとつの可能性に思い至る。
 兄上、か――本願寺界隈へとやって来た弥惣次は『公家の間者が現われる』という流言を不思議に思いその噂の出所をたどって有脩に行き当たった、想像でしかないが辻褄はあう。
 だが、怒る気にはなれなかった。
 どちらにしろ、弥惣次はこちらの存在を察知した時点でなんらかの妨害行動に出ていただろう。仁右衛門の死の責は有脩にはない。
 それよりも、
 莫迦らしい――。
 心底、そう思った。元はといえば、賀茂家と安部家は師弟や、兄弟弟子という関係でむすばれていた。それが、今はどうだ。――皮肉な思いがわきあがってきた。在昌はこれ以上、有脩と言葉を交わすのが億劫になり背を向ける。
「よいな。向後、上総介様に近づくな」
 と有脩がいい放つが、いっさい相手にせずにその場をはなれた。
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