切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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在昌は喪失感にさいなまれ、信長は本願寺の挙兵という思いもよらぬ事態に動転しているためだ。
 これは――それでも、在昌は相手を気づかうことができた。むしろ、友を失ったからこそ親しき者をこれ以上死なせてたまるかという思いが働いた。
「こちなりの暦ができあがりもうした、ご覧くだされ」
 在昌は袱紗につつんだ暦を差し出す。これもけじめだ。これから先、己がこの水準でなにかを完成させることはないだろう。
 これに対し、信長はあっけにとられたようすを見せた。
「律儀なものよな」次いであきれと感心が半々という苦笑を浮かべる。
「武家の仁らが槍働きを習いとするように、こちは暦を習いとしておりまする。陰陽師の道を断念いたした今もそれは変わりませなんだ」
「さようか」ひとつうなずき、信長は暦を手にとった。
 説明いたせ、という言葉にしたがい在昌は彼の疑問にこたえていく。それは半刻にもおよんだ。
 そして、信長は一言告げた。「よかろう」
 たったそれだけのせりふが在昌に鳥肌が立つような心地を彼におぼえさせる。
 仁右衛門の死のことを忘れたわけではないが、えもいわれぬ充足感が心を満たしたのだ。自身が共鳴した男であり、かつ窮地にあるが間違いなく戦国乱世の英雄のひとりである信長に肯定された、その事実はよろこびを通り越して戦慄に近い感情を呼び起こした。
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