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 まさか、と不吉な予感をおぼえる。兵法の稽古の折、同門の者が木刀を受け損ねたときに同じ異臭に接したことがある。
 濡れ縁に程近い、部屋の床の上にひとりの人物が仰向けに寝ていた。
 いや、死んでいた。寝ていると思いたかったが、それは叶わない。全身を切り刻まれ血まみれになって倒れている者が眠りについているわけがなかった。
 そして、そのかたわらにはひとりの男が佇んでいる。
 彼はこちらにゆっくりと顔を向けて口角を極限まで吊り上げた。
「ひさしいな、弟よ」
 実の兄、弥惣次が陰惨な笑みを浮かべ声をかけてくる。
 なにゆえに彼が兄でることを知っているのかというと、幼いころに弥惣次のほうから「母を同じくする兄弟だ」といって接触してきたことがあったのだ。あのとき、土産だといって彼は柿を与えてくれた。幼い在昌は、よい兄上だと単純に考えたが、今にして考えるとその頃からすでに弥惣次のまなざしには昏い狂気が宿っていたように思える。
「精々、おのが暮らしを大事にしろ」といって兄はたいして後ろ髪をひかれるようすもなく姿を消した。
 最早、再会は叶わぬやもしれぬと思っていた相手と今顔を合わせている。だが、在昌は返す言葉が浮かばなかった。兄のかたわらには安倍家に養子に入った義兄が事切れて転がっている。
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