152 / 167
147
しおりを挟む
まさか、と不吉な予感をおぼえる。兵法の稽古の折、同門の者が木刀を受け損ねたときに同じ異臭に接したことがある。
濡れ縁に程近い、部屋の床の上にひとりの人物が仰向けに寝ていた。
いや、死んでいた。寝ていると思いたかったが、それは叶わない。全身を切り刻まれ血まみれになって倒れている者が眠りについているわけがなかった。
そして、そのかたわらにはひとりの男が佇んでいる。
彼はこちらにゆっくりと顔を向けて口角を極限まで吊り上げた。
「ひさしいな、弟よ」
実の兄、弥惣次が陰惨な笑みを浮かべ声をかけてくる。
なにゆえに彼が兄でることを知っているのかというと、幼いころに弥惣次のほうから「母を同じくする兄弟だ」といって接触してきたことがあったのだ。あのとき、土産だといって彼は柿を与えてくれた。幼い在昌は、よい兄上だと単純に考えたが、今にして考えるとその頃からすでに弥惣次のまなざしには昏い狂気が宿っていたように思える。
「精々、おのが暮らしを大事にしろ」といって兄はたいして後ろ髪をひかれるようすもなく姿を消した。
最早、再会は叶わぬやもしれぬと思っていた相手と今顔を合わせている。だが、在昌は返す言葉が浮かばなかった。兄のかたわらには安倍家に養子に入った義兄が事切れて転がっている。
濡れ縁に程近い、部屋の床の上にひとりの人物が仰向けに寝ていた。
いや、死んでいた。寝ていると思いたかったが、それは叶わない。全身を切り刻まれ血まみれになって倒れている者が眠りについているわけがなかった。
そして、そのかたわらにはひとりの男が佇んでいる。
彼はこちらにゆっくりと顔を向けて口角を極限まで吊り上げた。
「ひさしいな、弟よ」
実の兄、弥惣次が陰惨な笑みを浮かべ声をかけてくる。
なにゆえに彼が兄でることを知っているのかというと、幼いころに弥惣次のほうから「母を同じくする兄弟だ」といって接触してきたことがあったのだ。あのとき、土産だといって彼は柿を与えてくれた。幼い在昌は、よい兄上だと単純に考えたが、今にして考えるとその頃からすでに弥惣次のまなざしには昏い狂気が宿っていたように思える。
「精々、おのが暮らしを大事にしろ」といって兄はたいして後ろ髪をひかれるようすもなく姿を消した。
最早、再会は叶わぬやもしれぬと思っていた相手と今顔を合わせている。だが、在昌は返す言葉が浮かばなかった。兄のかたわらには安倍家に養子に入った義兄が事切れて転がっている。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
真田幸村の女たち
沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。
なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。
直刀の誓い――戦国唐人軍記(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)倭寇が明の女性(にょしょう)を犯した末に生まれた子供たちが存在した……
彼らは家族や集落の子供たちから虐(しいた)げられる辛い暮らしを送っていた。だが、兵法者の師を得たことで彼らの運命は変わる――悪童を蹴散らし、大人さえも恐れないようになる。
そして、師の疾走と漂流してきた倭寇との出会いなどを経て、彼らは日の本を目指すことを決める。武の極みを目指す、直刀(チータオ)の誓いのもと。
武田信玄の奇策・東北蝦夷地侵攻作戦ついに発動す!
沙羅双樹
歴史・時代
歴史的には、武田信玄は上洛途中で亡くなったとされていますが、もしも、信玄が健康そのもので、そして、上洛の前に、まずは東北と蝦夷地攻略を考えたら日本の歴史はどうなっていたでしょうか。この小説は、そんな「夢の信玄東北蝦夷地侵攻大作戦」です。
カクヨムで連載中の小説を加筆訂正してお届けします。
忍び切支丹ロレンソ了斎――大友宗麟VS毛利元就(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品) 世は戦国乱世、豊後を侵した毛利元就対抗するためにひそかに立ち上がった者がいた。それは司祭(パードレ)アルメイダ。元商人の彼は日頃からその手腕を用いて焔硝の調達などによって豊後大友家に貢献していた。そんなアルメイダは、大内家を滅ぼし切支丹の布教の火を消した毛利が九州に進出することは許容できない。ために、元毛利家の忍びである切支丹ロレンソ了斎を、彼がもと忍びであることを知っているという弱みを握っていることを盾に協力を強引に約束させた――
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
平安山岳冒険譚――平将門の死闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品) とある権力者が死に瀕し、富士の山に眠っているという不死の薬を求める。巡り巡って、薬の探索の役目が主人の藤原忠平を通して将門へと下される。そんな彼のもとに朝廷は、朝廷との共存の道を選んだ山の民の一派から人材を派遣する。冬山に挑む将門たち。麓で狼に襲われ、さらに山を登っていると吹雪が行く手を阻む――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる