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「立ち止まるな、死ぬぞ」仁右衛門が緊迫の表情で怒鳴るようにして告げた。普段のひょうひょうとした空気は一瞬にして消し飛んでいる。
「すまぬ」それ以上の謝罪を口にする時間を惜しんで在昌は必至に駆けた。
「間者は未申の方角へ逃げたぞ」
煙を割って孤影が躍り出る。在昌の直感を裏づけるように、その声色は聞き覚えのあるものだった。弥惣次――在昌は肩越しにその姿を認め唖然となって、胸のうちで母を同じくする兄の名を呼ぶ。
その声が届いたかのように兄はゆがんだ笑みを浮かべた。ただし、その目には牢に長年閉じ込められた者のごとき負の感情が凝(こご)っている。
刹那、弥惣次の姿がかき消えた。そう見えるほどの素早さで動く。
在昌の総身に鳥肌が立つ。まずい、とっさに手にしていた杖をふるおうとした。仁右衛門が事前に用意した品で仕込み杖になっているのだが抜く時間すらも惜しい。
「そやつの相手は俺がする、おぬしは一散に駆けろ」
そんな彼を制止し、仁右衛門が風を巻いて動く。
次の瞬間、甲高い音が鳴りひびき、弥惣次は勢いのままに遠ざかった。周囲の建物を利用し縦横無尽に動いてこちらをうかがい並走する。おどろくべき挙動に、夢でも見ているのかと在昌は思いたくなる。だが、先ほどの煙玉が炸裂したのときの臭いや仁右衛門の手の感触は確かにうつつのものだ。
弥惣次は必死に逃げるこちらをあざ笑うかのごとく、二度三度と攻撃を加えては距離を置く。在昌より年長であるのが嘘のような身のこなしだ。
二度、三度と襲いきては距離を置いた。
仁右衛門を気づかい、どうしても在昌も足はにぶる。
「すまぬ」それ以上の謝罪を口にする時間を惜しんで在昌は必至に駆けた。
「間者は未申の方角へ逃げたぞ」
煙を割って孤影が躍り出る。在昌の直感を裏づけるように、その声色は聞き覚えのあるものだった。弥惣次――在昌は肩越しにその姿を認め唖然となって、胸のうちで母を同じくする兄の名を呼ぶ。
その声が届いたかのように兄はゆがんだ笑みを浮かべた。ただし、その目には牢に長年閉じ込められた者のごとき負の感情が凝(こご)っている。
刹那、弥惣次の姿がかき消えた。そう見えるほどの素早さで動く。
在昌の総身に鳥肌が立つ。まずい、とっさに手にしていた杖をふるおうとした。仁右衛門が事前に用意した品で仕込み杖になっているのだが抜く時間すらも惜しい。
「そやつの相手は俺がする、おぬしは一散に駆けろ」
そんな彼を制止し、仁右衛門が風を巻いて動く。
次の瞬間、甲高い音が鳴りひびき、弥惣次は勢いのままに遠ざかった。周囲の建物を利用し縦横無尽に動いてこちらをうかがい並走する。おどろくべき挙動に、夢でも見ているのかと在昌は思いたくなる。だが、先ほどの煙玉が炸裂したのときの臭いや仁右衛門の手の感触は確かにうつつのものだ。
弥惣次は必死に逃げるこちらをあざ笑うかのごとく、二度三度と攻撃を加えては距離を置く。在昌より年長であるのが嘘のような身のこなしだ。
二度、三度と襲いきては距離を置いた。
仁右衛門を気づかい、どうしても在昌も足はにぶる。
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