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   六

 在昌は仁右衛門に先導されて命からがら百姓家へと帰りついた。呼吸が乱れ、動悸がし、衣装はびっしょりと汗で濡れていた。恐怖が疲労を何倍にも増大さている。
 憔悴したようすで現われた彼に、偶然顔を合わせた主は目を剥いておどろき次いで気づかわしげな顔になって口を開く。
「いかがなされた」
「実は、戦の仔細をたずねてまわっていたところ徒者(いたずらもの)に出くわした次第で」
 本願寺の悪徒に間者呼ばわりされ捕まりそうになったと正直に告げるわけにもいかず、とっさに嘘をついた。真相をつたえた場合、厄介事に巻き込まれるのをおそれて連中に突き出される危険もある。善意で我らを泊めてくれている者を疑わねばならぬのは悲しいことだが――いたしかたない。
「さようか、それは災難でしたな」
 眉をひそめて心からというようすで主は二度三度とうなずく。そして、かたわらの齢一〇を数えるかどうかという年頃の息子に「白湯を持ってまいれ」と命じた。
「されど、世の中はさような慮外者ばかりではありませぬな」
 一転、主は感心した顔つきで言葉をかさねる。
 在昌としてはもう少し呼吸をととのえるのに時間をとりたいのだが、人の善い彼を無視するのも気が引け、「なにゆえ、さようなことをもうされる」とたずねた。ただ、意識の大半はすでに、向後いかなる手立てで本願寺にもぐりこむかに向けられている。
 前関白近衛前久であれば本願寺の動向の詳細について把握しているはずだ。それを織田信長にとどければ彼のおおいなる助けとなるだろう。功名心よりも、友を助けたいという思いからそんな気持ちを抱いていた。かつて、法華宗宗門徒の襲撃をことが起こる前に知らせてくれた恩もある。
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