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他方、在昌にいたっては相手に気づかれないようにしながらも時折、軽蔑のまなざしを彼へと向けていた。それでも司祭(パードレ)か――それが正直な思いだ。
あまりにも放縦な生活のために仲間たちからも白い目で見られる司祭(パードレ)バルタザールという例もあるが、カブラルの言動は日本人に対する敵意すらものぞいている。それでいて布教長を任されていることが理解しがたい。
そんな中ただひとり、仁右衛門だけが我関せずの態度で食事をとっている。
「この地の蛮人どもの文化程度など知れている。神の教えを真に理解することなどあるものか」
箸をいらだたしげに何度も握り直しながらカブラルは粟を口に運ぶ。今日も長く歩いたせいか食欲そのものは旺盛なようすで文、句を幾度も漏らしながらも食事をたいらげていく。不平をこぼすぐらいなら食べなければいいというのに。
「なにか文句がお有りか、マノエル」
気づくとカブラルが眼鏡越しにこちらをにらんでいた。
彼は日の本の人間が自分たちの言葉を学ぶことを厭っている。現地の者が“知らなくていいこと”も知ってしまうから、というのがその理由だ。ただ、実状からいえば不平不満、罵詈雑言を気の向いたときに口にしたいからとしか思えない。
とにかくそういう事情もあって、彼らの言葉をあやつる在昌は日本人の切支丹のなかでも彼にもっとも嫌われている者のひとりとなっていた。
「いえ」と在昌は彼らの言葉で応じる、それが一層気に入らないらしくカブラルは一層表情をけわしくする。
と、そこへ、
「一大事だ、お客さんがた」
と壮年の男が戸を開けて飛び込んできた。この百姓家の主だ。人のよさげな顔をした彼の表情は緊迫したものを帯びている。
あまりにも放縦な生活のために仲間たちからも白い目で見られる司祭(パードレ)バルタザールという例もあるが、カブラルの言動は日本人に対する敵意すらものぞいている。それでいて布教長を任されていることが理解しがたい。
そんな中ただひとり、仁右衛門だけが我関せずの態度で食事をとっている。
「この地の蛮人どもの文化程度など知れている。神の教えを真に理解することなどあるものか」
箸をいらだたしげに何度も握り直しながらカブラルは粟を口に運ぶ。今日も長く歩いたせいか食欲そのものは旺盛なようすで文、句を幾度も漏らしながらも食事をたいらげていく。不平をこぼすぐらいなら食べなければいいというのに。
「なにか文句がお有りか、マノエル」
気づくとカブラルが眼鏡越しにこちらをにらんでいた。
彼は日の本の人間が自分たちの言葉を学ぶことを厭っている。現地の者が“知らなくていいこと”も知ってしまうから、というのがその理由だ。ただ、実状からいえば不平不満、罵詈雑言を気の向いたときに口にしたいからとしか思えない。
とにかくそういう事情もあって、彼らの言葉をあやつる在昌は日本人の切支丹のなかでも彼にもっとも嫌われている者のひとりとなっていた。
「いえ」と在昌は彼らの言葉で応じる、それが一層気に入らないらしくカブラルは一層表情をけわしくする。
と、そこへ、
「一大事だ、お客さんがた」
と壮年の男が戸を開けて飛び込んできた。この百姓家の主だ。人のよさげな顔をした彼の表情は緊迫したものを帯びている。
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