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弥惣次は闇のなかでも自分たちを襲った“化物”の正体を看破していた。
燃える藁を尾につけた牛――灼熱の怒りがみぞおちを焦がす。猛暑の夏の陽射しをあびたように総身の肌が熱を帯びた。
角が脇腹をかすめる。が、すぐれた身体能力を発揮し、体捌きでつづく牛の暴走を躱す。
一旦後ろに退がった。彼の目の前で、化物の術で半年近く前に大友の軍勢に加わっていた足軽たちが牛に撥ね飛ばされ、角で突かれて絶命する。
同情はない。だが、長い時間をかけた術が失敗したことは弥惣次の自尊心をいたく傷つけた。このために、陽動を目的として大友宗麟に恨みのある修験者をあつめて数日前に大友家の戦陣に加わらせ本隊から目を逸らさせる小細工もろうしたというのに。
されど、まだ終わってはおらん――弥惣次は暴走した牛が通り過ぎた瞬間、地面を強く蹴った。混乱に陥った闇のなかだ。弥惣次が襲撃者であることを看破している士卒の数は少なく、彼らのうちでこの透波の動きに対応できた者はいなかった。
屋形を警固する透波も、この夜討ちに合わせて総動員した毛利側の透波の対応に忙殺されている。静かな暗闘が戦場の騒擾の影でくり広げられているはずだ。
電光石火、数間の距離を飛ぶように移動し弥惣次は太刀をひるがえす。だが、すぐに理解した。先ほどの牛の角の一撃による痛みが、自分から十割の力を出す集中力を奪っていた。剣尖の動きに先だって槍をふるったときの鋭さがない。
狙うはむろんのこと大友宗麟。牛の出現からこの瞬間まで、ほぼ一息の間(ま)だ。
弥惣次は闇のなかでも自分たちを襲った“化物”の正体を看破していた。
燃える藁を尾につけた牛――灼熱の怒りがみぞおちを焦がす。猛暑の夏の陽射しをあびたように総身の肌が熱を帯びた。
角が脇腹をかすめる。が、すぐれた身体能力を発揮し、体捌きでつづく牛の暴走を躱す。
一旦後ろに退がった。彼の目の前で、化物の術で半年近く前に大友の軍勢に加わっていた足軽たちが牛に撥ね飛ばされ、角で突かれて絶命する。
同情はない。だが、長い時間をかけた術が失敗したことは弥惣次の自尊心をいたく傷つけた。このために、陽動を目的として大友宗麟に恨みのある修験者をあつめて数日前に大友家の戦陣に加わらせ本隊から目を逸らさせる小細工もろうしたというのに。
されど、まだ終わってはおらん――弥惣次は暴走した牛が通り過ぎた瞬間、地面を強く蹴った。混乱に陥った闇のなかだ。弥惣次が襲撃者であることを看破している士卒の数は少なく、彼らのうちでこの透波の動きに対応できた者はいなかった。
屋形を警固する透波も、この夜討ちに合わせて総動員した毛利側の透波の対応に忙殺されている。静かな暗闘が戦場の騒擾の影でくり広げられているはずだ。
電光石火、数間の距離を飛ぶように移動し弥惣次は太刀をひるがえす。だが、すぐに理解した。先ほどの牛の角の一撃による痛みが、自分から十割の力を出す集中力を奪っていた。剣尖の動きに先だって槍をふるったときの鋭さがない。
狙うはむろんのこと大友宗麟。牛の出現からこの瞬間まで、ほぼ一息の間(ま)だ。
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