切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「戦乱の哀れな犠牲者がさ迷い出ましたか」
 サンチェスは顔面を蒼白にし、声をふるわせながら言葉をかさねた。日の本の人間から見れば天狗のごとき顔貌をしているが、彼が臆病な性質(たち)であることを豊後に来て過ごした四年ほどの月日で見知っている。
 どうやら、先ほどの鬼火(ウィル・オー・ウイスプ)という言葉は南蛮では人魂を意味するのだろうと在昌は理解した。同時に、当人には悪いが間の抜けた勘違いにおかしみをおぼえ自然とほおがゆるんだ。
「伊留満(イルマン)、あれは人魂のたぐいではありませんよ」
 在昌は声を立てて笑わないよう注意しながら彼に告げた。それでも、声が不自然にふるえるのは止められない。
「人魂ではない」サンチェスは自分が笑われていることに気づく余裕はなく、うわ言のような調子でそのせりふを口にした。
「提灯、灯りですよ」「ちょうちん、灯り」
 ふたたびぼんやりした声でこちらの言葉をくり返し、彼はやっと事態を理解したらしく安堵から肩を大きく上下させた。とほうもなく遠い土地から神の教えを広めに来た彼らでも怖いものがあるらしい。しかも、それが人魂とは。
「それで、なんの御用でしょう。なにか用事があって参られたのですよね」
「例のやり取りが気になりましてね。なにか相談に乗ることができるのであれば、と追いかけてきたのです」
「ああ、その件ならもう大丈夫です」
 気づかわしげな顔をするサンチェスに、在昌は微笑を向ける。
「そうですか」少し拍子抜けしたようすを見せながらサンチェスはあごを引いた。
「それでは、お気をつけて」
 彼は一礼して敷地を引き返していく。相変わらず切支丹の教え自体にはさほど強く惹かれない在昌だが、彼らのこういうやさしさにはやはり感じ入るものがあった。みながみなそうではないが、日の本の僧の多くが歴史の流れのなかで忘れてきたものを、伴天連(バテレン)は立場の上下に関係なくみなが持ち合わせている。
 サンチェスと入れ替わりになる形で、ひとりの男が在昌のもとにやって来た。
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