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「お前さま」やや強い語調のほのの声に、在昌はうつむきがちになっていた顔をあげる。
「憂鬱など溜め込んだところなんの益もありません。それに、鎮西の地までついて参ったわたくしに隠し事ですか」
 非難がましく言葉をかさねられ、在昌は「ならば話してみるか」という気分にさせられた。どのみち、このまま黙っていられそうにない。実はな、と在昌は切支丹や仏門の者に対して抱いたいらだちや物悲しさなどをほのに打ち明ける。
 それを妻は時折相づちを打ちながらも静かに聞いた。
 やがて、こちらが話を終えると、
「人は弱いものですから」
 と、ほのはぽつりともらす。彼女の瞳には同情と哀切が同居していた。
 人は弱い、と在昌は疑問符交じりの声をあげる。
「人は弱いゆえ、神や仏の教えを踏みはずし、己で考えることを止めてたやすく余人の存念にしたがってしまう」
「ならば、神仏の教えに意味はないではないか」
 在昌は吐き捨てるような口調で思わず独語する。怒りとも憎悪ともつかない荒んだ思いが心に去来した。
 とたんほのが、さようなことはありませぬ、と反論した。
「生きる指針があってもなお、人は踏みはずすのです。なれば、指針が失われればどうなります」
 あ、と在昌は当たり前のことに気づかされる。
 遊び女の血を引く子、と実の父にさえ虐げられて育った彼にとって自分を支える確かなものなどなくとも歯を食い縛って生きることが当然だった。それゆえの盲点が生まれていたのだ。
「お前さまが誤らぬよう、わたくしがその身を支えます。そして、お前さまが誰ぞを支える。その誰ぞがまたいずかたの者を支える、そういう輪が広まれば多くの者が道を踏み誤らずに済むのではないのですか」
 確かに、と在昌は自然とうなずいていた。さ迷い歩くうちに思ってもみなかった瞬間に鬱蒼とした森を抜け出す、そういった折に感じる急に視界が開けたときのような心地がする。
 と、唐突に寝間の障子が開け放たれる。
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