68 / 167
68
しおりを挟む
闇に刃物がきらめく。剣呑に。それと似た光を得物を手にする地下たちの双眸は帯びている。この世に生を受けてはじめて遭遇する本物の修羅場、これに直面し在昌は茫然自失の態におちいった。
「仏敵め、ぶち殺してやる」
三人いる男たちのひとりが手に槍をたずさえ、闇に怒声をひびかせる。いうまでもなく農民が戦場に駆り出されることもめずらしくない世のこと、そういった折にふるうための品だろう。
先ほどの者たちは囮――鎌よりも圧倒的な殺傷力を持つ得物をたずさえていることと、死角を突いてせまってきたことを考え合わせるとそう推測される。在昌の頭の片隅の妙に冷静な部分が勝手に推量した。
「マノエル様」船員の叫びで在昌は我に返る。すでに先頭の男は近間に立っていた。
背筋を粟立たせながら彼はとっさに抜刀する。物好きな先祖が昇殿の折に帯びていた一振りで、陰陽師という生業には不似合いな実戦向きの拵えの太刀だ。
『槍と相対したときは半身に構え“的”を小さくせよ』
剣の師の言葉が耳の奥でよみがえる。なかば無意識のうちに在昌は半身正眼となった。目付は相手の両拳につける。相手の手もとは据わっている、在昌は胸のうちでおののきながらつぶやいた。ということは師の教えにしたがえばすぐに突いてくるのは間違いない。
閃、穂先を切る心持ちで必死に応じた。恐怖が強烈な寒気となって総身にまとわりついている。
刹那、千段巻のあたりをはらいのけることができた。
流れで在昌は相手の手もとにつけこんでいる。吐息を感じ取れるのではと錯覚するほどに近くに相手の顔があった。殺気立っていた形相が一瞬で変化し唖然となる。
後続のふたりも、まさか公家の身なりをした者が機敏な動きを見せるとは思っていなかったらしく足を止めて呆然となっている。もっとも、在昌の身のこなしは練達の士から見ればまだまだ未熟なものだ。
だが、それ以上に兵法者として足りないものが在昌にはあった。声に出さずに在昌はうめく。兵法の教え通りに動いたものの、
き、斬れぬ――。
そのための覚悟が足りなかった。
「仏敵め、ぶち殺してやる」
三人いる男たちのひとりが手に槍をたずさえ、闇に怒声をひびかせる。いうまでもなく農民が戦場に駆り出されることもめずらしくない世のこと、そういった折にふるうための品だろう。
先ほどの者たちは囮――鎌よりも圧倒的な殺傷力を持つ得物をたずさえていることと、死角を突いてせまってきたことを考え合わせるとそう推測される。在昌の頭の片隅の妙に冷静な部分が勝手に推量した。
「マノエル様」船員の叫びで在昌は我に返る。すでに先頭の男は近間に立っていた。
背筋を粟立たせながら彼はとっさに抜刀する。物好きな先祖が昇殿の折に帯びていた一振りで、陰陽師という生業には不似合いな実戦向きの拵えの太刀だ。
『槍と相対したときは半身に構え“的”を小さくせよ』
剣の師の言葉が耳の奥でよみがえる。なかば無意識のうちに在昌は半身正眼となった。目付は相手の両拳につける。相手の手もとは据わっている、在昌は胸のうちでおののきながらつぶやいた。ということは師の教えにしたがえばすぐに突いてくるのは間違いない。
閃、穂先を切る心持ちで必死に応じた。恐怖が強烈な寒気となって総身にまとわりついている。
刹那、千段巻のあたりをはらいのけることができた。
流れで在昌は相手の手もとにつけこんでいる。吐息を感じ取れるのではと錯覚するほどに近くに相手の顔があった。殺気立っていた形相が一瞬で変化し唖然となる。
後続のふたりも、まさか公家の身なりをした者が機敏な動きを見せるとは思っていなかったらしく足を止めて呆然となっている。もっとも、在昌の身のこなしは練達の士から見ればまだまだ未熟なものだ。
だが、それ以上に兵法者として足りないものが在昌にはあった。声に出さずに在昌はうめく。兵法の教え通りに動いたものの、
き、斬れぬ――。
そのための覚悟が足りなかった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――
トノサマニンジャ
原口源太郎
歴史・時代
外様大名でありながら名門といわれる美濃赤吹二万石の三代目藩主、永野兼成は一部の家来からうつけの殿様とか寝ぼけ殿と呼ばれていた。江戸家老はじめ江戸屋敷の家臣たちは、江戸城で殿様が何か粗相をしでかしはしないかと気をもむ毎日であった。しかしその殿様にはごく少数の者しか知らない別の顔があった。
御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~
裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。
彼女は気ままに江戸を探索。
なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う?
将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。
忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。
いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。
※※
将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。
その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。
日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。
面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。
天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に?
周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決?
次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。
くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。
そんなお話です。
一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。
エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。
ミステリー成分は薄めにしております。
作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
銀の帳(とばり)
麦倉樟美
歴史・時代
江戸の町。
北町奉行所の同心見習い・有賀(あるが)雅耶(まさや)は、偶然、正体不明の浪人と町娘を助ける。
娘はかつて別れた恋人だった。
その頃、市中では辻斬り事件が頻発しており…。
若い男女の心の綾、武家社会における身分違いの友情などを描く。
本格時代小説とは異なる、時代劇風小説です。
大昔の同人誌作品を大幅リメイクし、個人HPに掲載。今回それをさらにリメイクしています。
時代考証を頑張った部分、及ばなかった部分(…大半)、あえて完全に変えた部分があります。
家名や地名は架空のものを使用。
大昔は図書館に通って調べたりもしましたが、今は昔、今回のリメイクに関してはインターネット上の情報に頼りました。ただ、あまり深追いはしていません。
かつてのテレビ時代劇スペシャル(2時間枠)を楽しむような感覚で見ていただければ幸いです。
過去完結作品ですが、現在ラストを書き直し中(2024.6.16)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる