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 余人が一見したところで彼に不審を抱くことはできない。家中の足軽の御貸具足をまとっており、背格好の似た者になりすましているからだ。ましてやこの時代の夜は後世の者が想像するよりはるかに暗い。篝火の側に立つか、よほど至近距離で顔を直視されない限り疑われることはまずないだろう。
 幔幕の内側がやや騒々しい。陣中のことでは内にいる者たちが「今日の槍働きには素晴らしいものがあった、これはその褒美だ」と宗麟からの品だとして届けられた酒をかっ喰らっているのだ。
 むろん、毒見はしただろう。だが、飲んだ者になんの異常もなかった上、戦で神経が昂ぶっていれば我慢できずに酒を過ごすのは必然だ。俺の思惑通り――陣笠の下で透波は嗤(わら)った。
 こたびの眼目は幔幕の内にいる者を仕物にかけることではない。そもそも、ここにいるのは大友宗麟でもなければ重臣などででもない一土豪だ。そんな者を殺してみたところで大勢に影響はなく、かといって大物を仕留めるにはそれなりの準備がいる。
「こたびもまた大勢の士卒が散ったの」
「かような戦をくり返せば国中に骸があふれる仕儀となりましょう」
 年配の者の声に、それよりは幾分か若い声色が応じた。
「かもしれぬの。毛利陸奥守は手強い、筑前で反旗をひるがえした者たちとは違う」
「御屋形様は毛利など成り上がり物に過ぎぬ、などともうされておられるようでござるが」
「成り上がり者であろうが、力を持った者が打ち勝つのが当世の、戦国乱世の習いともうすのだがの」
「公方様に進物を贈り九州探題に御屋形様は任じられたが、権威だけでは乱世の波を越えることはできぬことを承知しておいででござろうか」
「権威などくそ喰らえじゃ。同紋衆の奴輩めわれらを見下しおって」
「殿、お静かに。声が高(たこ)うござる」
 そのやり取りを幔幕から少しはなれたところで耳にし、透波は口角をつりあげた。闇に跳梁する者として鍛えられた彼の聴覚をもってすればすぐ側まで近づく必要はない。
 国人のおもだった叛乱者は討たれたがそれでも同紋衆への不満が消えたわけではないのだ。透波が確認した限り、先のような会話がくりひろげられているのはここだけではなかった。
 大友家、けっして隙がないわけではない――透波は満足しながら、円居を音もなくはなれ誰に気づかれることもなく闇へと消える。
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