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「どちらも人から勝手に“奪う”ことに変わりはない。だのに、なぜ侍は許されて、お前は許されない」
 彼の問いかけに男児は首を左右にふる。
「それは力がないからだ。力ないから腹を空かせている。力がないからなにも得られない。力がないから余人に虐げられる」
 それは母を失ったのち、住処すらも追い出されてやけくそで忍び込んだ先の屋敷で彼を捕えた透波が口にしたせりふだ。それ以後、盗人としての天稟を気に入られ、幼いころから修行に入るのが彼らの慣例だが例外的に透波として仕込まれた。忍術というものの源流のひとつがもともと盗みにあることを考えればある意味それは自然なことだ。
 彼は肩をそびやかし子どもに背を向ける。高説を垂れたところで男児に男のごとき天稟でもそなわっていない限り、以後も無事に生き延びるのはむずかしいだろう。あるいは、彼が子どもに透波の業を仕込めば別かもしれないがそんなお人好しの真似など自分の師でもあるまいしするつもりはない。
 当の師を殺した身でありながら彼は皮肉に考えた。
 自分に充分な力量が身についた、それを自覚したから口うるさい師の口をふさいだ、ただそれだけのことだ。
 母を失ったあのときから、彼にとって他者というのはその程度のものと化している。人がなぜ道徳や法度を守るのか。それはそれらを遵守することでみずからもまた守られるという事実があるからだ。
 ではそこからこぼれ落ちた者はどうすればいい。悪に走る以外の道がどこにある。
 ただ目の前に広がるのは夜陰、暗黒、常闇ばかり。
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