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 その上で、
「そちは向後、いかなるときも気を張ることはなくなる」
 と幾度も言い聞かせ、「急急如律令」というせりふで締めくくった。
 鼓と鳴弦の音が止み、静寂が室内を満たす。
「勘解由小路氏。拙者、生まれ変わった心地がいたす」
 清水が声をつっかえさせることなく告げた。その顔には自信がみなぎっている。
「それは重畳」
 在昌は笑顔でうなずいた。その表情は、清水を祝福するというよりみずからの術の成功へのよろこびが勝っている。
 在昌がなしたのは、清水に暗示をかけることだ。
 平安の世からつづく陰陽道の側面のひとつとして、心の病や不調を治すというものがあった。これは吉備の上原太夫など後世、名を変えながらも陰陽師の流れを汲んだ者たちの存在が証明している。
 経験則の積み重ねによって、彼らは心を癒す術を身につけそれをつたえたのだ。その業の行使が、“狐を祓う”などという形で世間でとらえられた。
 こちには使えぬと思うていた――。
 心に働きかける、それも後世のごとく薬の力を借りずに、となるとそれはたぶんに“印象”に左右される部分が大きい。
 ために、京にいたころの在昌はなかなか上手く陰陽道の術をつかえなかった。
“嫡子ではない”という依頼者の胸のうちにある思いが術のかかりを悪くしたのだ。しかし、在昌はこれを己に天稟に恵まれぬためにできぬのだと思っていた。
 だが、清水は在昌が嫡子でない事実など知らない。京の生まれでもないために、安倍や賀茂の人間に接する機会もなく在昌に対して抱く“陰陽師像”は安倍晴明や賀茂保憲と変わらぬほどに肥大化していた。これが術の成功の鍵となったのだ。
 こちにも陰陽道の術が使えるのか――とても感慨深い。
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