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「見たことがありませんな」
 見たことがない、と在昌は聞き返す。
「暦は皇帝が変わるたびに変わりますからな」
「皇帝が変わるたびに変わるので」
 老爺のせりふに対し在昌は語尾をはねあがらせた。
「いつから使われている代物で」
「平安の頃から」
「はて、平安」
「ざっと、数百年前になりまする」
「数百年前」今度は老爺が声を高くする番だ。
 目を見開く彼を前に、在昌は急に羞恥心に襲われる。皇帝が変わるたびに暦を新しくしてきたというなら日の本の暦は相当に“遅れた”ものだろう、そんな思いを抱いたのだ。
「もうしてはなんですが、あきれ返りますな」
 老爺はそう感想をのべ、ふたたび嫌みのない声で笑う。
「ところで、暦にかかわることでひとつ教えていただきたい儀があるのですが」
「どのようなことで」
「憶えている限り、日食がいつ見えたか教えていただきたい」
 日食、とくり返し老爺が少し遠い目をした。彼が少し記憶をたどるのに苦労しながらのべた日には、日の本では月食が見えなかった折がふくまれていた。
 思うた通り、日の本の日食の予測は見えるはずのないものまでなされていた――。
 アルメイダとの会話で悟るにいたった事実をいま確信した。
 やはり、天文を学ぶ場所として豊後はもっとも適した土地だった――父の跡を継ぐ道はとうにあきらめているが、それでも長く追い求めた疑問の答えに近づきつつあるという感触は心地のいいものだ。
 それからもしばし、在昌は老爺に天文に関する疑問を相手が音をあげるまで投げかけつづけた。
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