35 / 167
35
しおりを挟む
「見たことがありませんな」
見たことがない、と在昌は聞き返す。
「暦は皇帝が変わるたびに変わりますからな」
「皇帝が変わるたびに変わるので」
老爺のせりふに対し在昌は語尾をはねあがらせた。
「いつから使われている代物で」
「平安の頃から」
「はて、平安」
「ざっと、数百年前になりまする」
「数百年前」今度は老爺が声を高くする番だ。
目を見開く彼を前に、在昌は急に羞恥心に襲われる。皇帝が変わるたびに暦を新しくしてきたというなら日の本の暦は相当に“遅れた”ものだろう、そんな思いを抱いたのだ。
「もうしてはなんですが、あきれ返りますな」
老爺はそう感想をのべ、ふたたび嫌みのない声で笑う。
「ところで、暦にかかわることでひとつ教えていただきたい儀があるのですが」
「どのようなことで」
「憶えている限り、日食がいつ見えたか教えていただきたい」
日食、とくり返し老爺が少し遠い目をした。彼が少し記憶をたどるのに苦労しながらのべた日には、日の本では月食が見えなかった折がふくまれていた。
思うた通り、日の本の日食の予測は見えるはずのないものまでなされていた――。
アルメイダとの会話で悟るにいたった事実をいま確信した。
やはり、天文を学ぶ場所として豊後はもっとも適した土地だった――父の跡を継ぐ道はとうにあきらめているが、それでも長く追い求めた疑問の答えに近づきつつあるという感触は心地のいいものだ。
それからもしばし、在昌は老爺に天文に関する疑問を相手が音をあげるまで投げかけつづけた。
見たことがない、と在昌は聞き返す。
「暦は皇帝が変わるたびに変わりますからな」
「皇帝が変わるたびに変わるので」
老爺のせりふに対し在昌は語尾をはねあがらせた。
「いつから使われている代物で」
「平安の頃から」
「はて、平安」
「ざっと、数百年前になりまする」
「数百年前」今度は老爺が声を高くする番だ。
目を見開く彼を前に、在昌は急に羞恥心に襲われる。皇帝が変わるたびに暦を新しくしてきたというなら日の本の暦は相当に“遅れた”ものだろう、そんな思いを抱いたのだ。
「もうしてはなんですが、あきれ返りますな」
老爺はそう感想をのべ、ふたたび嫌みのない声で笑う。
「ところで、暦にかかわることでひとつ教えていただきたい儀があるのですが」
「どのようなことで」
「憶えている限り、日食がいつ見えたか教えていただきたい」
日食、とくり返し老爺が少し遠い目をした。彼が少し記憶をたどるのに苦労しながらのべた日には、日の本では月食が見えなかった折がふくまれていた。
思うた通り、日の本の日食の予測は見えるはずのないものまでなされていた――。
アルメイダとの会話で悟るにいたった事実をいま確信した。
やはり、天文を学ぶ場所として豊後はもっとも適した土地だった――父の跡を継ぐ道はとうにあきらめているが、それでも長く追い求めた疑問の答えに近づきつつあるという感触は心地のいいものだ。
それからもしばし、在昌は老爺に天文に関する疑問を相手が音をあげるまで投げかけつづけた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
零式輸送機、満州の空を飛ぶ。
ゆみすけ
歴史・時代
ダクラスDC-3輸送機を米国からライセンスを買って製造した大日本帝国。 ソ連の侵攻を防ぐ防壁として建国した満州国。 しかし、南はシナの軍閥が・・・ソ連の脅威は深まるばかりだ。 開拓村も馬賊に襲われて・・・東北出身の開拓団は風前の灯だった・・・
えっ俺が憧れの劉備玄徳の実の弟!兄上に天下を取らせるため尽力します。
揚惇命
SF
三国志の三英雄の1人劉備玄徳が大好きな高校生の劉義賢が劉備玄徳の墓を訪れるが、くまなく調べると何かの装置が作動し墓の中に落ちる。
辺りを見回すと奥に劉備玄徳愛用の双股剣があったので触れると謎の女性の『玄徳様の運命をお変えください』という言葉で光に包まれ目を覚ますとそこは後漢末期の涿郡涿県楼桑村だった。
目の前にいる兄だと名乗る劉備殿に困惑しながらも義勇兵を結成し、激動の時代を劉備殿の天下のために尽力する物語。
1章 黄巾の乱編 完結
2章 反董卓連合編 完結
3章 群雄割拠編 完結
4章 三国鼎立編 完結
5章 天下統一編 鋭意製作中
※二次創作ではありますが史実に忠実ではなくオリジナル戦記寄りとなってます。
数多くの武将が出るため、誰が話しているかわからなくなることを避けるために「」の前に名前を入れます。
読みにくい場合はコメントなどで教えてもらえるとありがたいです。
オリジナルキャラも登場します。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
三国志「魏延」伝
久保カズヤ
歴史・時代
裏切者「魏延」
三国志演技において彼はそう呼ばれる。
しかし、正史三国志を記した陳寿は彼をこう評した。
「魏延の真意を察するに、北の魏へ向かわず、南へ帰ったのは、単に楊儀を除こうとしただけである。謀反を起こそうとしたものではない」と。
劉備に抜擢され、その武勇を愛された魏延の真意とは。それを書き記した短編です。
泥棒村
多摩川 健
歴史・時代
泥棒村
こんな風変わりな村が、一つぐらいあってもいいのかもしれない。
つけ火の捕縛に活躍した、三之丞と田島牛乃進の親交が深まり、その一年後の元禄三年同じ師走のことであった。
三之丞は鍵屋長屋東北角の厠を使い、露地右に折れて井戸に向かう。長屋の木戸の方角から、小男が,師走の寒い風を避けるように、北西の奥に向かっていくのを見ていた。
三月ほど前にも確か、あの男は大圓寺の裏門、北西角の家にきたような気がする。竹のぶらしで歯をすすぐと、ゆっくと木戸入口右側の自宅へと向かう。北の方角から、強い風が吹き長屋の路地に土埃が舞う。
決戦の夜が明ける ~第3堡塁の側壁~
独立国家の作り方
SF
ドグミス国連軍陣地に立て籠もり、全滅の危機にある島民と共に戦おうと、再上陸を果たした陸上自衛隊警備中隊は、条約軍との激戦を戦い抜き、遂には玉砕してしまいます。
今より少し先の未来、第3次世界大戦が終戦しても、世界は統一政府を樹立出来ていません。
南太平洋の小国をめぐり、新世界秩序は、新国連軍とS条約同盟軍との拮抗状態により、4度目の世界大戦を待逃れています。
そんな最中、ドグミス島で警備中隊を率いて戦った、旧陸上自衛隊1等陸尉 三枝啓一の弟、三枝龍二は、兄の志を継ぐべく「国防大学校」と名称が変更されたばかりの旧防衛大学校へと進みます。
しかし、その弟で三枝家三男、陸軍工科学校1学年の三枝昭三は、駆け落ち騒動の中で、共に協力してくれた同期生たちと、駐屯地の一部を占拠し、反乱を起こして徹底抗戦を宣言してしまいます。
龍二達防大学生たちは、そんな状況を打破すべく、駆け落ちの相手の父親、東京第1師団長 上条中将との交渉に挑みますが、関係者全員の軍籍剥奪を賭けた、訓練による決戦を申し出られるのです。
力を持たない学生や生徒達が、大人に対し、一歩に引くことなく戦いを挑んで行きますが、彼らの選択は、正しかったと世論が認めるでしょうか?
是非、ご一読ください。
比翼の鳥
月夜野 すみれ
歴史・時代
13歳の孤児の少年、菊市(きくち)光夜(こうや)はある日、男装をした十代半ばの少女と出会う。
彼女の名前は桜井花月、16歳。旗本の娘だった。
花月は四人の牢人を一瞬で倒してしまった。
しかし男の格好をしているものの話し方や内容は普通の女の子だ。
男装しているのは刀を差すためだという。
住む家がなく放浪していた光夜は剣術の稽古場をしている桜井家の内弟子として居候することになった。
桜井家で道場剣術とは別に実践的な武術も教わることになる。
バレる、キツい、シャレ(洒落)、マジ(真面目の略)、ネタ(種の逆さ言葉)その他カナ表記でも江戸時代から使われている和語です。
二字熟語のほとんどは明治以前からあります。
愛情(万葉集:8世紀)、時代(9世紀)、世界(竹取物語:9世紀末)、社会(18世紀後半:江戸時代)など。
ただ現代人が現代人向けに現代文で書いた創作なので当時はなかった言葉も使用しています(予感など)。
主人公の名前だけは時代劇らしくなくても勘弁してください。
その他、突っ込まれそうな点は第五章第四話投稿後に近況ノートに書いておきます。
特に花月はブッチギレ!の白だと言われそうですが5章終盤も含め書いたのは2013年です。
カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
あさきゆめみし
八神真哉
歴史・時代
山賊に襲われた、わけありの美貌の姫君。
それを助ける正体不明の若き男。
その法力に敵う者なしと謳われる、鬼の法師、酒呑童子。
三者が交わるとき、封印された過去と十種神宝が蘇る。
毎週金曜日更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる