切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 そんな妻を目の当たりにして在昌が不平を抱くはずもない。心地いい疲労が総身をつつんでいた。こうして府内の伴天連(バテレン)との邂逅は万事、無事に済んだ。

 仮の住処として与えられた離れ、その戸口にたどりついたとたん喧嘩の折に猫があげるのに似た、赤子の鳴き声が聞こえてくる。
 元気のよいことだ――在昌は思わずあわい笑みを浮かべながら戸を開けた。そして声のほうへと進んだ。
 たどりついた先は居間、そこに子どもたちがそろっている。
 長男が部屋の隅で、在昌が豊後に持ってきた書物に静かに目を通しているのが印象的だ。すこし苦い記憶とともにかつての自分の姿を在昌は彼にかさねる。
 ああいうふうに勘解由小路家が賀茂と名乗っていたころから所蔵されている書物に父の目を盗んで接しているうちに、在昌は兵法書にたびたび触れ通暁するようになっていた。もともと、遁甲など兵法の要素を陰陽道は内包していたこと、また陰陽師がもっとも進んだ大陸の知識や業を取り入れる後世でいう技術者であったため関連する書籍を貪欲に求めるうちに兵法書が紛れ込むことがあったのだ。その証左は陰陽師・鬼一法眼だろう。彼は有名な六韜三略の兵法書を極め、さらには京八流という剣の流儀の開祖ともなっていた。
 賀茂の先祖のようにではなく鬼一法眼のごとくなりたい――かつて、在昌はそんなふうな憧れを抱いていたものだ。
 それはともかく、その場には子どもたちだけでなく仁右衛門の姿もあった。彼はかなりの困惑顔で、少し前に生まれたばかりの在昌の末っ子を腕に抱いていた。赤子はすでに泣き止み、安らかな顔をして仁右衛門に無垢なまなざしを向けていた。
「なんとかならぬか、勘解由小路氏」
 仁右衛門がこちらに気づいて救いを求めるような顔をする。
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