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毛利の軍兵が列をなして進む。当然、その前方や側面には複数の物見が放たれていた。
木陰に身をひそめながら、大内輝弘はそんな敵の小物見を待ち伏せている。
秋穂浦へとまっしぐらに進んでいるのは影武者だ。実際の彼は、皮肉にも“遁走している首魁”を追っているつもりの毛利勢のすぐ側に肉薄していた。
周囲にいるのは八〇余の将士のみ。敵の本隊にもしここにいることが露見すれば一息に揉み潰される運命だ。
そうでなくとも、物見が襲われたことに気づいた吉川元春が「景気づけに一揆の奴輩を揉み崩してやろう」などと判断すればたどる末路は同じだった。しかし、それをおそれて物見に放たれている士卒全員の息の根を止めるわけにはいかないのだ。それでは了斎との約定を果たせない。
心の臓が身のうちから胸を激しく叩き、手のひらに嫌な汗がわきでている。幾度つばを飲み込んでも激しい渇きはおさまらない。
了斎にみえを切ったものの、死との距離がちぢまってくるとやはり背筋が硬く凍りつくような感覚に襲われる。
だが、周囲にそのことを悟られてはならなかった。
すでに大半の兵が逃散しているのだ。ここでおびえていることが露見すればそれこそ、家臣に殺され首級(しるし)となって吉川元春と対面することになりかねない。
思い起こすのだ、不遇の日々を――。
ただ、生きている。
地下にとってはそれでもいいのかもしれない。生まれたことに“意味”など持っていないのだから。
しかし、
身共は武家だ――。
家を栄えさせるという宿命を背負ってこの世に生れ落ちたのだ。だというのに、現実には大内家は滅亡の憂き目を見た。
毛利の軍兵が列をなして進む。当然、その前方や側面には複数の物見が放たれていた。
木陰に身をひそめながら、大内輝弘はそんな敵の小物見を待ち伏せている。
秋穂浦へとまっしぐらに進んでいるのは影武者だ。実際の彼は、皮肉にも“遁走している首魁”を追っているつもりの毛利勢のすぐ側に肉薄していた。
周囲にいるのは八〇余の将士のみ。敵の本隊にもしここにいることが露見すれば一息に揉み潰される運命だ。
そうでなくとも、物見が襲われたことに気づいた吉川元春が「景気づけに一揆の奴輩を揉み崩してやろう」などと判断すればたどる末路は同じだった。しかし、それをおそれて物見に放たれている士卒全員の息の根を止めるわけにはいかないのだ。それでは了斎との約定を果たせない。
心の臓が身のうちから胸を激しく叩き、手のひらに嫌な汗がわきでている。幾度つばを飲み込んでも激しい渇きはおさまらない。
了斎にみえを切ったものの、死との距離がちぢまってくるとやはり背筋が硬く凍りつくような感覚に襲われる。
だが、周囲にそのことを悟られてはならなかった。
すでに大半の兵が逃散しているのだ。ここでおびえていることが露見すればそれこそ、家臣に殺され首級(しるし)となって吉川元春と対面することになりかねない。
思い起こすのだ、不遇の日々を――。
ただ、生きている。
地下にとってはそれでもいいのかもしれない。生まれたことに“意味”など持っていないのだから。
しかし、
身共は武家だ――。
家を栄えさせるという宿命を背負ってこの世に生れ落ちたのだ。だというのに、現実には大内家は滅亡の憂き目を見た。
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