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仮に了斎への復讐の念を捨てたとすると、本当に寄る辺がなくなってしまう。
なにしろ、尼子が滅んだというのにその残党に従っていたのは彼らのもとにいることで、敵対するどこぞの家中に仕えているはずの了斎への手がかりを得られると踏んでいたからだ。
いや、正直にいうと心もとなかったのだ。
“踏み出す”のが。
かつて了斎に父を殺されたが、側には尼子に仕える忍び衆の面々がいた。忍びという、情などとは縁が薄い集団のなかでも拠って立つものがある心強さというものがあったのだ。
ところがどうだ、尼子が毛利に敗れて散り散りになるなかで多くの尼子に従う忍びが命を落としあるいは行方を晦ませた。そのなかで、有力な家臣である山中鹿之助についた忍びのひとりが金介だった。
その金介は、裏切り者として姿を消してしまっている。もはや、れんは天涯孤独の身だ。
しかも、『誰ぞのいうがままに過ちを犯せば、罪を背負って立つための足場すらもままならぬからな』という了斎の発言は考えなしに元家中に仕える忍びとして生きることに迷いを生んでいた。
了斎がれんの父のことを思い出したとは思えない。おそらくはこれまで殺めた者のことすべてをさして告げた言葉だろう。
けれども、れんは父のことを連想せずにはいられない。
このままおのがつむりで考えることなく生きていればいつかは了斎のごとく、“過ち”を犯すことになるのではないか、そんな疑念が強く心に浮かんでいた。
「当たりだったようだな」
ふいに耳元で男の錆びた声が聞こえる。
瞬間的にれんの背筋は凍りついた。どれほど懊悩しようとも忍びだ、なかば勝手に五感は総動員され周囲の警戒は怠らない。
それだというのにとんでもなく近い間合いにまで接近を許した。
すなわち、敵の力量はれんの五感の“隙”を見いだし肉薄するほど優れたものということだ。
電光石火、それでも万一の可能性を実現させるためにれんは苦無を取り出し一閃する。
硬質な異音。腕から肩口にかけて骨を突き抜ける衝撃。
なにしろ、尼子が滅んだというのにその残党に従っていたのは彼らのもとにいることで、敵対するどこぞの家中に仕えているはずの了斎への手がかりを得られると踏んでいたからだ。
いや、正直にいうと心もとなかったのだ。
“踏み出す”のが。
かつて了斎に父を殺されたが、側には尼子に仕える忍び衆の面々がいた。忍びという、情などとは縁が薄い集団のなかでも拠って立つものがある心強さというものがあったのだ。
ところがどうだ、尼子が毛利に敗れて散り散りになるなかで多くの尼子に従う忍びが命を落としあるいは行方を晦ませた。そのなかで、有力な家臣である山中鹿之助についた忍びのひとりが金介だった。
その金介は、裏切り者として姿を消してしまっている。もはや、れんは天涯孤独の身だ。
しかも、『誰ぞのいうがままに過ちを犯せば、罪を背負って立つための足場すらもままならぬからな』という了斎の発言は考えなしに元家中に仕える忍びとして生きることに迷いを生んでいた。
了斎がれんの父のことを思い出したとは思えない。おそらくはこれまで殺めた者のことすべてをさして告げた言葉だろう。
けれども、れんは父のことを連想せずにはいられない。
このままおのがつむりで考えることなく生きていればいつかは了斎のごとく、“過ち”を犯すことになるのではないか、そんな疑念が強く心に浮かんでいた。
「当たりだったようだな」
ふいに耳元で男の錆びた声が聞こえる。
瞬間的にれんの背筋は凍りついた。どれほど懊悩しようとも忍びだ、なかば勝手に五感は総動員され周囲の警戒は怠らない。
それだというのにとんでもなく近い間合いにまで接近を許した。
すなわち、敵の力量はれんの五感の“隙”を見いだし肉薄するほど優れたものということだ。
電光石火、それでも万一の可能性を実現させるためにれんは苦無を取り出し一閃する。
硬質な異音。腕から肩口にかけて骨を突き抜ける衝撃。
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