忍び切支丹ロレンソ了斎――大友宗麟VS毛利元就(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

文字の大きさ
上 下
83 / 131

133

しおりを挟む
   五

 周防の秋穂浦に真っ先に上陸したのは艀、ではなく生身の人間だった。れん、だ。
 泳ぐには適さぬ時節のこと、沖から忍び装束をまとった状態で泳ぐことが容易なはずはない。だからこそ、彼女にはその“苦行”は課された。
 身内、朋輩の忍びから裏切り者を出したのだ。大内、大友に対し尼子の信頼はいちじるしく損なわれている。
 それを回復する手立てとして、“おのが身を危険にさらすこと”が求められたのだ。
 体の芯にまで冷気が染み込み、むしろ冷たさは内側からこそやってくるような錯覚さえおぼえた。
 肌は突っ張って普段よりも感覚を格段ににぶらせ、手足の指先には見えないひび割れが生じているかのごとき痛みが走っていた。震えを抑えようとしても総身が意思に抗うように痙攣のごとき動きを見せる。
「いつ返り忠いたすかわらぬ者を側に置くことなどできぬ。証を立てよ」
 一種、嗜虐的ともいえる色をやどして大内輝弘麾下の将士のうち発言力のある者たちが異口同音にせまった光景はれんの脳裏に侮蔑の念とともに焼きついている。
 侍のくせに肝の小さい――だが、本音を口に出すわけにはいかなかった。
 裏切り者を出したのは事実なのだ、ここで反抗的な物言いなどすればますますれんの立場は悪くなる。
「この者はさような性根の者はございませぬ」
 一方で、懸命にれんの身の潔白を訴えた了斎の表情もまた強く記憶に刻まれていた。
 だが、その了斎の存在こそれんの心を千々に乱れさせている。
 ゆっくりとこうべを巡らせ浜に誰の姿もないことを確認してれんは歩を進めはじめた。やがて浜辺にそって広がる低木の森へと踏み込んだ。
『みずからの所業に過ちがないか鑑み、かつ守るべきもののためなら罪を背負う、さようにわしは覚悟した』
『誰ぞのいうがままに過ちを犯せば、罪を背負って立つための足場すらもままならぬからな』
 船内で了斎に告げられた言葉が勝手によみがえってくる。
 それらのせりふは、仇の了斎が非道な人間でないことを如実に物語っていた。偽りだとしてわざわざそんなことを告げる必要はない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。  だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。 その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。

切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)暦道を司る賀茂の裔として生まれ、暦を独自に研究していた勘解由小路在昌(かげゆこうじあきまさ)。彼は現在(いま)の暦に対し不満を抱き、新たな知識を求めて耶蘇教へ入信するなどしていた。だが、些細なことから法華宗門と諍いを起こし、京を出奔しなければならなくなる。この折、知己となっていた織田信長、彼に仕える透波に助けられた。その後、耶蘇教が根を張る豊後へと向かう――

忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)藩の忍びだった小平治と仲間たち、彼らは江戸の裏長屋に住まう身となっていた。藩が改易にあい、食い扶持を求めて江戸に出たのだ。 が、それまで忍びとして生きていた者がそうそう次の仕事など見つけられるはずもない。 そんな小平治は、大店の主とひょんなことから懇意になり、藩の忍び一同で雇われて仕事をこなす忍びの口入れ屋を稼業とすることになる――

渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...