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 水底、岩の表面には蜻蛉の幼虫がよくへばりついていた。石斑魚(うぐい)、追河(おいかわ)、山女魚(やまめ)などの川魚を釣るときに絶好のえさとなるものだ。そのうちの一匹が、岩の表面から体がはがれかけている場面に行き当たった。
 本来なら、そんなものに目を向けている場合ではない。
 だが、なぜだか妙に引き寄せられるものがあった。蜻蛉の幼虫は力をふりしぼればまだ岩にふたたび張り付くことができそうに思える。
 けれども、弱っていたのか水の流れにさらわれた。
 とたん、すばやく姿をあらわした石斑魚がその幼虫を喰らう。
 その光景を見た瞬間、了斎はなんともいえない思いが張りつめるのをおぼえた。
 理屈ではない。だが、とにかく“こうはなりたくない”という思いを抱いたのだ。
 そしてこの日も、無事に徴を見つけて水面を割って師のもとにもどった。
 あのとき、世界の色彩がいつもより鮮やかに映った。

「了斎、それがしが大内殿に陣借りするのを案じて元気がないのか」
 ふいに、子供の声が聞こえる。
 むろん、船に乗っているのは次郎丸ひとりだ。
 ふり返ると彼が案じ顔でたたずんでいる。
「さにあらず。司祭(パードレ)様のお言葉にしたがうことにしたのであろう」
 了斎の問いかけに次郎丸は、うん、とひとつうなずいた。手には浜辺で見つけた大きな貝殻をしっかりと握っている。
「されば、なにか心配事があるのか」
 さにあらず、と応じながらも了斎は彼の顔を改めて見つめる。
 随分と年下の次郎丸でさえ、大内輝弘に陣借りするかどうかの件でみずからの葛藤を戦ったすえに結論を導いたのだ。
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