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 彼のまなざしからは悲哀の色はうすれていた。ただ、その思いが溶け出したかのように両のほおを透明なしずくがつたっている。
「なにもなせないでいる、あなたはそんな所存でいるのですね」
 二度目のアルメイダの問いかけに次郎丸が泣くのをこらえるようにくちびるを引き結んだ。いや、そもそも司祭(パードレ)の涙が子供の切支丹にそんな表情をつくる思いを抱かせたのか。
「されど、あなたはもはや武士ではありません。切支丹、神の子のひとりなのです。重石を置いてもいいのです」
「したが、司祭(パードレ)」
「もし、誰ぞの力になりたいのなら、困っている者の力になるのです。仇討ちのためではなく」
「なれど、それでは父が報われませぬ」
「そうだとしても、そのようにしてあなたが苦しむことがわたしは悲しい」
 透明なしずくをこぼれさせつづけながらアルメイダはしゃべりつづけた。
 そんな彼を前に、ついに激情も折れる。次郎丸はうなだれ、恭順の意ととれる姿勢をしめした。
 アルメイダは次郎丸と距離をつめ、そっと彼を抱きしめる。
 そんな彼らを間近にしながら、了斎もまた胸に灯りがともったような心地を感じていた。
 同時に意外でもある。普段は飄々としているアルメイダが、まさかこんな形で涙を流すとは思わなかった。
 司祭(パードレ)である前に彼が人間であることを了斎は改めて認識する。
 苦悩がないわけではない。そうでなければ、次郎丸の言葉に涙を流す必要はないはずだ。
 その上で、切支丹の軍師、として立ち働いているのだ。
 彼の抱く懊悩は一通りのものではないだろう。それでもアルメイダという男は戦っているのだ。
 強い――感嘆の言葉は単純にして強烈だった。了斎が忍びとして過ごした年月が、この司祭(パードレ)の前ではつかの間の価値もないと思えるほどに。

 了斎はデウス堂の敷地の一角を歩いていた。アルメイダと次郎丸に遠慮して、そっと部屋を出てきたのだ。
 夜の闇のなか、仏教の本堂に当たる建物を見上げる。
 日中は門徒の祈りで満たされる建物も、闇夜(あんや)のなかでは黒々とした巨大なひとつの塊と化し、伊留満(イルマン)には決して明かせないが出入り口は地獄へ通じているように映った。
 突如、背後に気配を感じ了斎はなにげない動きでふり返る。
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